『伝蔵のこころざし』 河村雄介作、尾坂昇治絵
                                   近代セールス社
 内容的には、珍しく〈社会の科学〉に入れてもいい本である。一見わかりにくい
株式の仕組みについて、その発生過程を興味深く綴っている。たんなる解説書
ではなくて、ストーリーの中に〈銀行〉や〈株式会社〉、〈証券取引所〉などが生ま
れてくる必然性を解き、資本主義経済社会の構造を浮かび上がらせている。
〈まえがき〉に次のような文章がある。
   「昔の南アジアの海でくりひろげられたストーリーを読みすすむうちに、
   現代の経済を支えている株式会社や株式のおおまかな考え方がおわ
   かり
になると思います。さあ、伝蔵少年 とスリルある恋と冒険の航海
   に出発
しようではありませんか。」
 話は鎖国の続く江戸時代。長崎にいた伝蔵少年は、日本の向こうに見え隠れ
する西洋社会の仕組みについて大いに興味をそそられる。〈カイシャ〉や〈銀行〉
について熱心に勉強する。
 あるとき、伝蔵は意を決し、オランダ船にしのびこんでマラッカに行き、手始め
に貿易業を営む。事業は成功していくがやがて資金調達に頭を打つ。伝蔵の大
きな夢も、担保がないことを理由に銀行の融資も受けられないで行き止まる。
 そこから伝蔵の新たな歩みが始まっていく。やがて、〈株式〉の仕組みを知り、
〈株式会社〉を設立する。さまざまなドラマが展開されていく中で、成功を収めて
いくというストーリーである。
 ストーリーの中で「株式」や「株式会社」、「株の売買」等についてきちんとした
概念が持てるように登場人物に語らせている。
 このようなむつかしい社会の仕組みを子どもにはどこまで理解できるか、一つ
の試みの本である。                          2000,12刊 1,800円

『エジプトのミイラ』  アリキ文・絵 神鳥統夫訳
                                      あすなろ書房
 エジプトのミイラについて、わかりやすくまとめられている。これも社会の構造を
知るのに役立つ〈社会の本〉である。
 まず、ミイラはなんのために作るのか。
  「古代エジプト人は、人が死んでも、魂はいつまでも生きていると、信じてい
   ました。人が死ぬと、新しい命
がはじまると、考えていたのです。死んだ人
   は、この世で生きていたと
きと同じように、墓の中で生き続ける。 そして、
   ときどき、死の国へいって、
死の神様たちといっしょに暮らしたりすると考え
   ました。」
 その人がいつまでも生き続けるためには、魂が帰ってくる体がなくてはならない
としてミイラをつくったのだという。
 「人の魂は死の国とミイラ(体)を行き来して生き続けるのだ」とはおもしろい理
屈である。内蔵も脳みそも取り出し骨と肉だけの体になっても、魂が入るとまた生
き続けるのだという、特異な死生観である。
 そのようなことをまじめに考えて、気の遠くなるようなさまざまな技術と労力を駆
使し、丁重にミイラを作っていく過程が簡潔に絵と文で語られていく。
 そして、最後にそのミイラを入れる墓(ピラミット)作りの話に入っている。ここにも
想像を絶するような人力が使われている。ミイラ作りからビラミット作りまで、その
ためにどれだけの権力と財力が使われたか想像を絶する。
 最後の解説によると、
  「日本でも各地の寺などに、平安時代から明治時代までの入定(にゅうじょう)
   ミイラが
残されています。…」
とある。どこの国も、考えることは同じなんだと改めて考えさせられる。1981年版
の再版。                               2000,12刊 1,400円 

                
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