―わたし好みの新刊書評―  10月

お天気謎とき大冒険』         
                              河合 薫
身近な天気のしくみが,面白く気さくに読んでいける本である。ふつう,天気の
しくみの話は複雑で理屈っぽくなる。しかし,この本は,宇宙バルーンにのって主
人公が大気圏内を移動しながら雲の動きを見てまわるという楽しい旅物語に仕
上げている。著者が,元国際線旅客機の客室乗務員という経験がここかしこに生
きている。
 第一章「はじめの一歩は宇宙から」で,高度1万メートルは,飛行機の通り道に
なっているとの話から始まり気象衛星の話にすすむ。そして,いくつもの雲の観
察から気象学レッスンは始まる。第二章「ただいま高度1万5000メートル」でジ
ェット気流の話が出る。このジェット気流の動きがいくつもの複雑な雲の動きを支
配することがわかる。地上から1万メートルまでしか雲は来ないのだそうだ。飛
行機の航路が地上1万メートル付近に設定されている理由にもなっているという。
 第三章「雲っていったいどんなもの?」での積乱雲の話がよくわかる。〈上に吹
く風,下に吹く風のジェットコースター〉とは,イメージがふくらむ。〈みそ汁対流〉の
例もわかりよい。第四章「雲の中でみてみよう」―雨粒ができるまで―もいい。雨
が降る仕組みがよく理解できる。雨粒の形は予想外。第五章「雲でできる天気の
予測」でいよいよ天気予報のノウハウが語られる。
 ストーリーに引き込まれていくうちに天気の仕組みがうまくのみこめていく現代
の科学読み物である。著者は気象予報士。         
2004年3月 1,400円 
 
『野口英世』 岩波ジュニア新書   井出孫六著 岩波書店
 「はじめに」によると,野口英世の伝記は「すでに三百冊をこえるまでになってい
るといっていいであろう」と記している。なのに,なぜ今新たに『野口英世』なのか。
著者によると「高校生向きのものがあまり見あたらなかったことにもよる」と記し
ているが,史実から忠実に再現した「野口英世」本がか少ないからであろう。
 今回の伝記を書くにあたって著者は,できるだけ野口英世の人柄や仕事を紹介
した本を参考にして, 再び〈人間・野口英世〉を再現している。すでに『野口英世』
伝を読まれた読者には,新たな野口英世象が浮かび上がってくるものと思う。ま
た,若い青少年たちには,幾多の苦難にも屈せず,ひたむきに才能を開花させていく,
どろくさい〈人間・野口英世〉を感じ取るにちがいない。
 注目されるのは, 英世が医術開業試験にずばぬけた成績で合格し,伝染病研
究所に就職したものの,帝大出身者でないことを理由に, まともな研究者の仕事
はさせてもらえなかったことだ。そのことが結果として英世をアメリカに向かわせ
てしまう。野口英世の本格的な細菌研究が海外で開始されるのも皮肉だ。持ち
前の器用さで,英世の海外での研究実績は目を見張り,ついにはノーベル賞受賞
を取りざたされるまでになる。しかし,これも〈戦争〉という悲運の中にかき消され
ていく。
 晩年は黄熱病原体の究明の任をまかされエクアドルに赴くが,ついに真相はつ
きとめられず,自らも罹患して命をとじる。一日本人のがむしゃらな生き方が見え
てくる。
                          2004年6月刊 740円

             「10月新刊案内」へ