わたし好みの新刊―       201011

 

『ヤマネのすむ森』        湊 秋作著    学研教育出版   

 ヤマネという動物はあまり知られていないが,体長12cmほどの小型のほ乳動物である。

ネズミに似ているがヤマネ科として独立している。現在は国の天然記念物に指定されている。

この本は,そのヤマネ研究に生涯をかけてこられた湊秋作さんの生涯物語である。

湊さんが大学でヤマネの研究を始められた頃は,まだまだヤマネの研究をする人はあま

りいなかった。教員免許をとるため都留文科大学にすすんだ湊さんは,勉強のかたわら,

ヤマネの研究に興味を持った。大学を出た湊さんは,郷里和歌山県の山の小学校に教

員となって赴任する。ここで,湊さんは子どもたちと一緒になってヤマネの研究に取り組

む。全校36人の子どもたちと,巣箱を作ったり,ヤマネを飼育したりと,子どもたちと

一体になっての研究生活だった。

そうしているうちにますますヤマネの研究にはまりこんでしまった。ついに,教員をやめて,

本格的なヤマネ研究に方向転換する。次のフィールドは八ヶ岳,清里にある「やまねミ

ュージアム」である。ここで館長の職をもらい,研究は一段と専門化していく。ヤマネ

の行動範囲や冬眠の場所,授乳行動の記録など,詳細な研究がすんでいく。

そうこうしているうちに,清里の森にも開発の波がせまってきた。森の中にも国道が走る。

そこで,ヤマネが道路の横断ができるよう〈ヤマネブリッジ〉の建設を働きかけ,設置

にこぎつけた。湊さんはさらに〈アニマルパスウェイ〉の建設を世界に訴えていく。道

路だけでなしに鉄道も里山の動物の行動を遮断してしまう。開発によって生じる里山動

物のリスクを少なくする運動も展開していく。

 一動物学者の生き方が,子どもたちにも未来の姿として伝わるに違いない。

  2010,7発行  1,200

 

『ぼくは昆虫カメラマン』 ー小さな命を見つめてー 

    新開 隆 偕成社
今度は,昆写真家 新開孝さんの写真家生活への道のり物語である。今までにも何人
もの昆虫写真家の本を見てきたが,新開さんの写真には何か引きつけられる要素がある。

大胆というか,シャープというか,虫たちの息づかいが聞こえてくるような写真の連続であ

る。今までにも『ヤママユガ観察事典』(偕成社),『まゆ』(ポプラ社),『むしのか 

お』(ポプラ社)など,虫の迫力ある本を続いて出してこられてきた。このような本を作る

新開さんは,いったいどのような視点と背景を持っておられるのだろうかと気になっていた。

そのおり,ちょうどこの本が目にとまった。

新開さんが,昆虫に興味を持ったきっかけは,中学校の教科書にあったヘルマン・ヘッ

セの『少年の日の思い出』という物語にあるという。もともと,虫を追いかけたりの少年

時代を経験していたとはいうものの,科学の物語が,新開青年の心に火を付けたという。

新開さんの本に出てくる昆虫は,カブトムシやクワガタではない。うっかりすると見過ごし

てしまいそうな小さな虫たちである。「小さな昆虫たちが生きていく様子をしっかりと見つ

めること。ぼくがこれまで続けてきた仕事は,小さな命の営みをしっかりと受け止め,写

真と文章の形でみなさんにお伝えすることです」(まえがき)と新開さんは書いておられ

る。なるほど,小さな虫の命を最大限表現されているのだ。

 〈ミミズのうんち〉の記録から始まって,教育映画の演出助手の時代を経験して,昆虫

写真家として独り立ちして行かれる。小さな虫たちの命の躍動に感動して,その気持をカメ

ラに収めていく。そこに迫力の元があるようだ。雑誌の投稿を通じて,しだいに社会に認め

られていくねばり強い努力の過程がたんたんと描かれている。「あとがき」で新開さんは,

「本からたくさんのヒントをもらった」としめくくられている。新開さんにとって科学読み物

の役割も大きかったようだ。

 子どもたちに夢をつないでいく一冊である。

      2010年8月刊 1,300円 (西村寿雄)

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