―新刊案内― 2011年6月
『さがりばな』 横塚眞己人著 講談社
〈さがりばな〉という名前を聞かれた人はおられるだろうか。写真
を見て,今までに見たことのない花だなぁと思っていたら,西表島な
ど亜熱帯のマングローブ地帯に生育している希少植物だという。一見,
ネムの花に似ている。
とにかく表紙の写真にしばし見とれる。ピンクのめしべのまわりを
数十本の長いオシベが取り囲む。なんと幻想的な花だろう。しかし,
美しいその花の命は一夜だけという。ますます,神秘的なロマンが連
想される。
ページをくると,水面上を白い綿毛が無数に浮かんでいる写真が出
る。その白い浮遊物の正体はなんだろう…と思っていると,一夜の花
期を終えた〈さがりばな〉の花,花,花である。まるで,流し灯籠の
ようだ。はかない命をおしみつつ,ゆったりと流れていく風景なのだ
ろうか。
さがりばなの花が、ひらきました。/花がひらくと、あたりは、/
あまいかおりで、いっぱいになりました。
とも書かれている。せいいっぱい甘い香りを漂わせて,一夜の内に虫
を呼び込む戦術だ。大きなガが1つの花に飛来した。そこに「あたら
しい命がうまれます。」とある。ガが去った後の写真には「綿毛の花
が、命の花になりました」と記されている。まさに,一匹のガが花に
次の命を授けたのだ。夜明けになるとほとんどの花は落ち死を迎える
だけだが,「おち葉やかれ枝といっしょに、土になります。/その土
が、また、さがりばなの木をそだてます」と命のつながりを語っていく。
短い文章の中にも、「命」がテーマとして綴られていることが感じ
られる。美しい花に秘められているはかない宿命を見ているようだ。
2011,03刊
1,400円
前田利夫著 新日本出版社
著者は科学ライターである。ことさら子どものための科学読み物とい
う位置づけではないが,文章が平易で読みやすい。中学生以上なら興味
深く読めるのではないか。
題名は〈命の起源への旅137億年〉である。今までの研究範囲では,
灼熱後の地球に命が生まれたのは40億年ほど前が普通だった。それが
〈命の起源は137億年前〉という。いったいどういうことだろうか。命
の根源にまでさかのぼるのか。
最初は「人はみな兄弟」から始まる。ここで興味を引くのは,現代人
の起源である。DNAをたどっていくと,アフリカから人類が世界各地に
拡散していった歴史が解き明かされていく。日本人のルーツも二手に分
かれて興味深い。次に,人類以前の生物のルーツをたどっていくと40億
年前の〈生命体出現〉時代にたどりつく。
さらに命の旅が続く。こんどは,細胞の元をつくっている原子の世界
に入っていく。生命の元を作っている水分子は,酸素と水素からなってい
る。いったい,酸素や水素など,地球上の原子はいつどこからやってき
たのだろうか,地球誕生時には今の原子は,すでに地球の中にあったの
だろうか。或いは,宇宙空間に浮いていたのだろうか。本は宇宙創生の
旅物語に入っていく。つまるところ〈命の旅の終着地は137億年前の宇宙
創生時〉にさかのぼる。そこまで考える人間のすばらしさに圧倒される。
中高校生からシニアまでわくわくする命の誕生物語である。
2011,5 1,400円(西村寿雄)