新刊案内―   2011年9

『鉄は魔法つかい』      畠山重篤 小学館

 「鉄」は,原子番号26の私達にとってはもっともなじみ深い金
属原子であるが,鉄原子は酸素原子と結びつきやすく,たいてい
は酸化鉄として地球上に存在している。しかし,酸化鉄は分子が
大きくて植物にはあまり吸収されず,植物の生育には適しない。

 しかし,近年になって鉄原子の意外な効用が見直されてきた。
鉄は,ある原子と結びつくと植物細胞にもうまく溶け込み,植物
の生育を「魔法使い」のようにうながすことが分かってきた。

 著者の畠山さんは,東北気仙沼のカキ漁師さんである。畠山さ
んは,今までの経験から湾に流れ込む川の上流部の山が広葉樹に
包まれているとカキの生育がよいことをつきとめていた。以来,
「森は海の恋人」を合い言葉に「漁師による森つくり」運動を展
開していた。海外でもその例のあることを知り,ますます,豊か
な森と豊かな海と深いつながりがあることに自信を持った。

1990年,ある研究者が「植物プランクトンや海藻はフルボ酸と
結びついた鉄分子から鉄を吸収する」「そのフルボ酸は広葉樹の
腐葉土によって生まれる」という話をしていることを知りその研
究者とも交流を持った。畠山さんの信じていた森と海との強いつ
ながりに化学的な確信が得らることになった。本では,益々「森
は海の恋人」として広がる森作り運動や各地の海中「鉄」作り運
動が紹介されている。鉄はまさに「魔法使い」なのだ。

 本の後半には,従来から〈魚付林〉として森を大切にしてきた
襟裳岬の豊かな海の例やオホーツク海の豊漁の例,その逆に鉄分
が少なくなって漁業が衰えていった海の例,「森は海のママ」とし
て森を大切にしてきたスペインの例なども紹介されている。

 近年は,海と森のつながりを総合的な科学として「森里海連携
学」を立ち上げる大学も現れた。畠山さんはその研究者の一端を
担っている。こうした畠山さんの長年の森づくり運動の経過がこ
の本に盛りこまれている。今回の震災をもろに受けた畠山さん,
一からの出発がまた始まった。
    2011,06刊   1,300

『野山の花をさがす12か月』  いがりまさし著 アリス館

アリス館「生き物カレンダー」の一つで,一年を通して見られ
る身近な野草の写真集である。本を開いた初めの印象は「なんと
素敵な写真の数々だろう」であった。著者の経歴を見て納得した。
著者が植物写真家を志すきっかけになった相手は富成忠夫氏(故
人)とのことである。富成忠夫氏は豊かな情感をかもし出す屈指
の植物写真家だった。その場の雰囲気を包み込みながら,小さな
野草の美しさを最大限引き出しておられた。私も富成氏にあこが
れて野草の写真撮影に凝った時期があった。

さて,この本は,春から次の春までの一年間に見られる里山の
野草をいくつもの組み写真で紹介している。春3月は,ヒメオド
リコソウ,オオイヌノフグリ,コハコベにキュウリグサ,ジュウ
ニヒトエにムラサキケマンにフキノトウのおまけつき,小さな里
山里地の野草たちが精いっぱい春を楽しんでいる姿が映る。4月
になると,幾種ものスミレにカタクリ,エンゴサクにトウダイグ
サが里山を彩る。おなじみのゲンゲ(レンゲ)も,こうして拡大
写真を見れば微妙な色合いが映えている。夏になると,カラスウ
リにメマツヨイグサなど夜の花も登場する。それにホテイアオイ
にオモダカなど水辺の植物も小さな花を見せる。なんといっても
気品があるのは6月に咲き出すササユリ,静かな里山の土手に大
輪の花を付ける。ホタルブクロやウツボグサも里山の代表種だ。
秋9月はヒガンバナ,田んぼの畦に並んだ赤い曼珠沙華が黄金色
の稲穂と見事な調和を保つ。10月にもなるといくつもの野菊が野
を彩る。

 日本の原風景,里山1年間の野草たちのにぎわいが感じられる
草花カレンダーである。
         2011,4  1,600
                          

          「9月 新刊案内」