わたし好みの新刊―  201204

 

蘭学の架け橋となった男 天游』  
              中川なをみ作 こしだミカ画   くもん出版

 江戸時代後期,鎖国の最中ではあったがオランダからの西洋医学や天文学な
どは日本にも伝わっていた。やがて,江戸の蘭学塾に触発されて大坂(大阪)
の地にも蘭学塾が開かれるようになった。しかし,キリスト教が広がることを懸念
した幕府は蘭学を禁止する方針を打ち出した。そのような中で,ひたすらに学問
の道を励み続けた男が中天游(ナカテンユウ)である。おかげで大坂の地では蘭
学の火が消えることなく,緒方三平(洪庵),福沢諭吉などへと学問の道が受け
継がれていった。この本では,その中天游の波乱に満ちた人生ドラマが描かれて
いる。

 天遊は丹後の生まれではあるが,26歳になると京で開業していた蘭方医海上隋
鴎(ウナガミズイオウ)の門をたたく。やがて,天游の勉学ぶりが認められ,隋鴎
の娘さだ(医者)と結ばれ隋鴎のあとをついでいく。天游はありとあらゆる道理に
関心があり,医業はさだにまかせて学問の道に励んだ。やがて,天游は大坂で蘭
学塾を開いていた橋本宗吉の門下生になりたく,さだと共に大坂に越してくる。こ
こで杉田玄白の『解体新書』にもふれ,ますます西洋医学の質の高さに魅了され
る。その後,天游も蘭学塾の看板をかかげますますオランダ語に精通するようにな
る。天游はオランダ語の天文学や力学の本まで翻訳するようになった。今使われて
いる「遠心力」「重力」「加速」などの言葉は天游の造語である。天文学も伝わ
り大坂では当時すでに地動説が知られていた。

やがて天游の弟子に三平という岡山の藩士の子どもが門をたたく。彼も熱心に勉
学に励み,後の緒方洪庵になる。そうして蘭学の花が開きかけたときに「キリシタン
事件」が起きる。幕府は蘭学塾にもきびしい目を光らせ,医学以外の蘭学は固く禁
じる時代が到来する。しかし,天游は蘭学の取締官大塩平八郎にも積極的に近づき,
真理を究める大切さを説き幕府の統制もうまくすりぬける。そのことが功を奏して大
坂の地には細々と蘭学の火が燃え続けていくことができた。その火が緒方洪庵の適
塾に続き,やがて福沢諭吉などの排出につながった。〈蘭学の架け橋となった男〉
天游の波乱に富んだ人生劇が楽しめる。            
                     201110月刊  1,400

 

『もし富士山が噴火したら』 
         
鎌田浩毅・高世えり子著  東洋経済新聞社  

 この本は科学読み物の中でも啓発書の部類に入る。著者の鎌田浩さんは火山学
者でありながら,とりわけ市民への啓発活動に熱心に取り組まれている科学者である。
阪神淡路大震災にしても,今回の東北大地震の津波にしても,学者間ではその危
険性が指摘されながら国民には十分周知されていなかった点を強く反省され,〈アウ
トリーチ〉という著者独自の言葉を使いながら大衆向けの啓発書もたくさん書かれて
いる。この本もその一環である。

 美しい姿でどっしりとかまえた富士山,「噴火」という文字とはなかなか結びつかない。
しかし,火山学者は早くから〈富士山は噴火の時期にきている〉と警告を発している。
東南海地震への備えについてはかなり行政も情報を発信しているが,まだまだ富士
山の噴火については情報不足である。今は静かな富士山も有史以来何度も噴火をく
り返している。富士山の今の姿は過去何度かの噴火の上に形成されている。その富
士山も1707年の宝永噴火以来沈黙を保っている。前回噴火以来300年の空白がある。
過去には100年単位で噴火した経緯もあるので,もう噴火の限界に近づいていると火
山学者は見ている。東南海地震との連動も懸念されている。

 さて,火山噴火はあらかじめ直前予知が可能なので地震ほど深刻な災害は予測さ
れにくい。しかし,

特に情報社会の現代は,溶岩流や火砕流といった通常の災害以上に深刻な災害をも
たらすことが予想されている。特に火山灰に対する警戒,対処の仕方は日常から頭に
入れておくことが大切なようだ。それらのことをマンガも取り入れながら子どもにもわかる
ように書かれている。一度読んでおくと,深刻な事態は防げるのではないか。特に関東
の子どもにはお薦めしたい。もし,今富士山が噴火したら…,あなたはどういう行動を
起こしますか。          
                     2012
01月刊   1,400(西村寿雄)


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