―わたし好みの新刊― 2012年05月
『風の島へようこそ』
アランドラモンド/さく まつむらゆりこ/やく 福音館書店
話の舞台はデンマークにある小さな島 サムス(サムソ)島である。人口4000人ほど
のこの小さな島が今世界の注目を集めている。
わたしたちの島へようこそ!
という語りで,読者を島に案内していく。昔のサムス島では,冬の夜にはあかりをたくさ
んつけ、化石燃料による暖房が主でお湯も使いほうだいだったようだ。あるとき,デンマ
ーク政府の提案でこの島で使うエネルギーをすべてこの島でつくろうということになった。
リーダーのソーレン・ハーマンセンさんが島民一人一人と熱心に会話を重ねていった。
「ねえ、みんな。この島でエネルギーをつくるとしたら、どうすればいいと思う?」
「太陽の熱なら、たっぷりあるよ」「いらなくなった麦わらや木ぎれを燃やす!」
「自分の足をつかって自転車をこげば、車がいらないわ」
「ほら、風ならわたしたちの島にたくさんあるじゃない!風のエネルギーを使えば、
きっとうまくいくよ」
「とんでもなく、カネがかかるだろうよ!ウシを育てるだけで手いっぱいなのにさ」
「太陽の熱をつかうって?なんでまた、そんなめんどくさいことをしなくちゃいけないんだ」
などと反論も出る。しかし、ハーマンセンさんはあきらめずに島民と話をつづけていく。
その過程がイラスト入りでわかりやすく語られていく。そして,ついに島の人たちが夢をかな
える時がきた。
今は,島内に15基もの大型風力発電機が回り,大型バイオマス発電によって得られた熱
湯がパイプラインで全戸に配られている。原発ははじめから選択肢になかった。
日本の震災後ハーマンセンさんが東北地方を訪れエネルギーについて語りかけている。ハ
ーマンセンさんの話が,東北の復興や脱原発の未来にも大きなヒントになっていくのではな
いか。
『春を待つ里山』 会田法行/文 山口明夏/写真 ポプラ社
副題に「原発事故にゆれるフクシマで」とある。これはたんなる「春を待つ里
山」の話ではない現場レポートである。2011年3月,東北地方に起きた地震と同時
に原子力発電所が爆発し辺り一帯に放射能をまき散らした。津波の被害をまぬが
れたにもかかわらず,村全体が避難させられた村もある。その現場を二人のカメ
ラマンが追った。
「目に見えない放射線によって田畑の土は汚染され、耕すことが禁止されました。
汚染された土壌から、米や野菜にも放射性物質が広がる可能性があるからです。
子どもたちは外で元気に遊びまわることも、おいしい空気を胸いっぱい吸い込む
こともできなくなりました。」この言葉の裏に,避難を余儀なくさせられた人々
の苦難がにじみ出てくる。
写真では,避難の前にいつもの日常を一瞬でも取り戻そうとしている人々の日
常の姿が写し出されている。初めは農家を営んでおられる一家の写真。「避難と
言ってもどこへ逃げたらいいの?」「家畜の牛はどうしたらいいの?」「ペット
は一緒に避難できるの?」「自分の畑はいつになったら耕作できるの?」そんな
思いを胸にいだいてのせいいっぱいの笑顔が写されている。
次は酪農一家の写真。「乳牛からしぼったばかりのまっ白い原乳は穴を掘って
捨てることしかできませんでした。心を込めて育てた乳牛のおいしい原乳です。
見ているだけでも心が痛みました。」それでもあきらめないで,明日を生きよう
とされている酪農家。ことの次第を知らない温和な牛の写真と最後の移動時に異
常を感じて足を踏ん張る牛の写真と並ぶ。物言わない牛の無念さも伝わってくる。
酸素ボンベを抱えた老夫婦の自宅での最後の生活など,静かな写真が強く読者に
せまってくる。後半に,今回の事故の様子や放射線のことがわかりやすく書かれ
ている。「避難生活を続ける人々は田植えのできる本当の春を待っているのです。」
飯舘村に咲く満開の桜でこの本はしめくくられている。
2011年12月刊 1,500円(西村寿雄)