―わたし好みの新刊― 2013年6月
・『イワシ』(かがくのとも5月号) 大片忠明さく 福音館書店
副題に「むれで いきる さかな」とある。イワシなど小魚は,群れをつくって生き
ている様子がよくテレビの映像や写真本などで紹介される。なるほど,小魚は群れてか
たまり,大きな〈固体〉として捕食者に対抗して生きていく知恵を持っている,と理解し
ているのだが,まてよ,そのような単純なからくりで彼らは生き延びているのだろうかと,
また疑問も生まれる。
しかし,この本では,小魚の群れが大きな捕食者の標的になっている様子のみが描
かれていく。まず,バシャーンと飛び込んでくるのはコアジサシ,空からねらいを定め
とイワシの群れに飛び込んでくる。コアジサシは,群れの中に突入するので少々「的」
をはずれても確実に餌を捕食することができる。次は,大型の魚,ブリが大きな口を
開けてイワシの群れを待ちかまえている。ブリは確実に餌にありつける。次は,さらに
大きな哺乳類,イワシクジラの登場だ。かれらは,群れを作ることによって,イワシの
大群を囲いこみ,イワシを一つのかたまりに追い込んでしまう。そして,大きな口を開
けて群れに突進,一口にイワシの群れをのみこんでしまう。それでも,まだかなりのイ
ワシが生き延びている。生き延びたイワシはまた群れをつくる。イワシの群れはずいぶ
んと小さくなった。この少数がやっと生き延びるのかと思っているとまたまた強靱な
〈捕食者〉が現れる。人間のしかけた網である。大きな網が彼らの行く手に待ってい
る。もう,こうなるとそれこそ〈一網打尽〉である。それでもまだ生き延びるイワシがい
る。
この数少ないイワシによって次の命が引き継がれている。卵から生まれたイワシの子
どもは,もうすでにたくさんの生き物にねらわれていく。それでも,すっかりなくなっ
てしまうことなく生き続けるイワシ。思えば不思議な,そしてまたすばらしい自然界の
バランスである。ただただ感心させられる。幼児向けの本といえども自然のすばらし
さが浮き上がる本である。 2013年5月刊 410円
・『イソギンチャクのふしぎ』(ふしぎいっぱい写真絵本21)
楚山いさむ写真・文 ポプラ社
著者は,長年,国立科学博物館の資料委員など務めておられた水中写真家である。
『クラゲゆらゆら』(ポプラ社),『イソギンチャクガイドブック』(阪急コミニュ
ケーションズ)など出版されている。「イソギンチャク」というと刺胞動物の仲間で
ある。美しいいでたちで相手を誘い込みたちどころに毒ばりで刺してしまう海の生き
ものである。本誌は,そのようなイソギンチャクの毒々しくも美しい姿をたくさんの
写真で紹介している。
最初に出てくるのは,干潮時の岩場に張り付いた茶色いナマコのようなもの,なん
だろうと思ってページをくると,真っ赤な触手をいっぱい張り出したウメボシイソギ
ンチャク。なるほど,深い梅干し色をしている。海水が満ちてきた底では真っ赤な
触手を花のように開いている。
次は,貝殻や小石を身にまとったヨロイイソギンチャク。満ちた水の中では,なん
とも不気味なグレーの触手がひらひら。見た目ではなんとも気味が悪いが海の魚
たちにはオアシスと見えるのだろうか。次は,丸くなって触手を閉じているミドリイ
ソギンチャク。濃い緑色のイボ?が体壁(体のまわり)に無数に着いている変わり
もの。しかし,その触手は淡い美しいピンク色だ。こんなピンクの手で誘われると
ついつい誘い込まれそうだ。なんと自然界は粋なものを作っているのだろうか。
次ページからは,さらに多様なイソギンチャクのオンパレードだ。白やピンク,筋
入り模様など,しかも長短さまざまな触手の持ち主がいる。同じ種類でも色違い
もいる。水流や明るさ,砂質等の違いで七変化するのだろうか。温かい海にはさ
らに派手なイソギンチャクが生息する。まるで,海の底は人知れずの妖艶の世界
である。浦島さんも,こんなイソギンチャクに誘われたのか。
次にイソギンチャクの生態が理解できるクローズアップ写真がいくつか出てくる。
毒ばりにさされて口元に取り込まれているカニ,もうどうすることもできない。イ
ソギンチャクの口が不気味に開いている。口で餌ものを食べて,うんちもするの
だという。そして,なんと口から子どもも生まれてくる。生まれた子どもは海中に
掘り出され,落ちたところが自分の棲み場所になる。見た目は静かなイソギンチ
ャクも気性は荒い。近づいた二体のバトルは互いに負けじと攻防が続く。イソギ
ンチャクとヤドカリの仲の良い共生関係も語られている。イソギンチャクの触手元
でぬくぬくと身の安全を確保しているクマノミもいる。海底もなかなか多様な世界
だ。 2013年3月刊 1,200円(西村寿雄)
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