わたし好みの新刊 2016年2月
『ぼくの先生は東京湾』 中村征夫/写真・文 フレーベル館
著者は1977年から東京湾にもぐり続け,湾に棲むいろんな生き物を写真に
収めてきた水中写真家である。「数々の荒波をかいくぐり,生をつないでき
自然界の強者たちに教えられたことが多々あります」と,38年の歳月を語る。
最深38mという淺い東京湾は,湾の中には干潟も広がっている。
にどんな生き物が棲息しているのだろうか。
今の東京湾には,ハオコゼ,クルマエビ,マコガレイ,マアナゴ,マダコ,
コウイカなど何種類もの生き物がくらしている。「江戸前」と呼ばれた魚介
類が,江戸時代の人々の口にも入っていた。しかし,1970年代から東京湾は
汚れた海に変身した。当時,「海底で見つけたのは,魚でなく、ゴミのゴミ
の山とヘドロ」と著者は書いている。「もう東京湾には生き物はいない」と,
だれもが思っている海にも著者はもぐり続けた。その時,ヘドロの海から飛
び出してきた蟹がいた。その蟹はなんと…,たくさんのたまごをお腹にかか
えていた。泥海でも必死に生きようとしている蟹に心を打たれる著者。
それから30年,人々の努力で東京湾にもきれいな水が戻ってきた。
花のように見える美しいイソギンチャクが海底に広がっている。しかし,
「これが今の東京湾の問題」だと著者は書く。今も赤潮の海が多くの生き
たちを死に追いやっていることがある。その赤潮の原因は,人間が流し
る排水にあるという。浄化施設で浄化しきれなかった排水が,プランクトンを
増やし,赤潮のもとをつくる。そのプランクトンをイソギンチャクた
てきれいな海にしているのだという。生き物たちの力によって東京湾は守られ
ていると著者は説く。人と自然とのバランスの大切さを訴えてい
る。 2015,08刊 1,400円
『泡のざわめき』 田中幸・結城千代子/文 太郎次郎社エディタス
少し日頃の生活に思いをはせてみると,意外にも「泡」と接することが多い。
コーヒーや
炭酸飲料,洗剤や石けんなど,「泡」と切り離せない。それらの「泡」に少し科
学的な視点を当てて,楽しく解説しているのが本書である。まずは,〈おいしい
泡の正体とメカニズム〉の項がある。初めに「泡って なに?」と問いかけなが
ら,泡には二つの種類のあることをときあかす。シャボン玉のように気体の中で
液体の幕が仕切っている泡と,炭酸水のように液体の中にある気体が泡に見える
ものとがあるという。まあ,定義はさておいて,おいしい泡というとなんといっ
てもビール,ビールの泡についての解説が続く。同時に水分子の役割についての
解説がある。蛋白質が界面活性剤として働いてビールの泡になるのだという。
ビールの泡の秘密は界面活性剤にありそうだ。次に,ドリップコーヒーの解説に
なる。泡から見たドリップコーヒーの美味しい注ぎ方もある。ビール党,コーヒ
ー党には見逃せない一文である。泡の利用は人様だけではない。モリアオガエル
やあわふきむしもうまく泡を利用している。さすが,多様な地球生き物である。
次は〈シュワシュワの誕生〉の項で,まずはシャンペンの泡から始まる。泡に
は,液体中に溶け込んだ気体が姿を現す現象もある。シャンパンや炭酸水がその
例という。これらの泡は,溶けている気体と,まわりの液体とのせめぎ合いがも
とになっている。次は,〈細胞と宇宙のよく似た構造〉の項になり,パンの話か
ら始まる。パンのふくらみは酵母菌の泡構造のためにできたもの,そういえば人
間も細胞も泡構造でできている。発泡スチロールは究極の泡構造,岩石も銀河宇
宙も泡構造だという。壮大な話にまで泡論議が広がっていく。
既刊の『粒でできた世界』『空気は踊る』等と同様,読みやすい文章で綴られ
ている。 2015,08刊 1,500円(西村寿雄)
「新刊案内 2月」