わたし好みの新刊   20162

『ぼくの先生は東京湾』     中村征夫/写真・文  フレーベル館

著者は1977年から東京湾にもぐり続け,湾に棲むいろんな生き物を写真に

収めてきた水中写真家である。「数々の荒波をかいくぐり,生をつないでき

自然界の強者たちに教えられたことが多々あります」と,38年の歳月を語る。

 最深38mという淺い東京湾は,湾の中には干潟も広がっている。そんな海
にどんな生き物が棲息しているのだろうか。

今の東京湾には,ハオコゼ,クルマエビ,マコガレイ,マアナゴ,マダコ,

コウイカなど何種類もの生き物がくらしている。「江戸前」と呼ばれた魚介

類が,江戸時代の人々の口にも入っていた。しかし,1970年代から東京湾は

汚れた海に変身した。当時,「海底で見つけたのは,魚でなく、ゴミのゴミ
の山とヘドロ」と
著者は書いている。「もう東京湾には生き物はいない」と,

だれもが思っている海にも著者はもぐり続けた。その時,ヘドロの海から
び出してきた蟹がいた。その蟹はなんと…,たくさんのたまごをお腹に
かか
えていた。泥海でも必死に生きようとしている蟹に心を打たれる著者。

それから30年,人々の努力で東京湾にもきれいな水が戻ってきた。

花のように見える美しいイソギンチャクが海底に広がっている。しかし,

「これが今の東京湾の問題」だと著者は書く。今も赤潮の海が多くの生き
たちを死に追いやっていることがある。その赤潮の原因は,人間が流し
てい
る排水にあるという。浄化施設で浄化しきれなかった排水が,プランク
トンを
増やし,赤潮のもとをつくる。そのプランクトンをイソギンチャクた
ちが食べ
てきれいな海にしているのだという。生き物たちの力によって東京
湾は守られ
ていると著者は説く。人と自然とのバランスの大切さを訴えてい
る写真集であ
る。                     
2015,08刊 1,400

 

『泡のざわめき』  田中幸・結城千代子/文  太郎次郎社エディタス

 少し日頃の生活に思いをはせてみると,意外にも「泡」と接することが多い。

コーヒーや

炭酸飲料,洗剤や石けんなど,「泡」と切り離せない。それらの「泡」に少し科

学的な視点を当てて,楽しく解説しているのが本書である。まずは,〈おいしい

泡の正体とメカニズム〉の項がある。初めに「泡って なに?」と問いかけなが

ら,泡には二つの種類のあることをときあかす。シャボン玉のように気体の中で

液体の幕が仕切っている泡と,炭酸水のように液体の中にある気体が泡に見える

ものとがあるという。まあ,定義はさておいて,おいしい泡というとなんといっ

てもビール,ビールの泡についての解説が続く。同時に水分子の役割についての

解説がある。蛋白質が界面活性剤として働いてビールの泡になるのだという。

ビールの泡の秘密は界面活性剤にありそうだ。次に,ドリップコーヒーの解説に

なる。泡から見たドリップコーヒーの美味しい注ぎ方もある。ビール党,コーヒ

ー党には見逃せない一文である。泡の利用は人様だけではない。モリアオガエル

やあわふきむしもうまく泡を利用している。さすが,多様な地球生き物である。

 次は〈シュワシュワの誕生〉の項で,まずはシャンペンの泡から始まる。泡に

は,液体中に溶け込んだ気体が姿を現す現象もある。シャンパンや炭酸水がその

例という。これらの泡は,溶けている気体と,まわりの液体とのせめぎ合いがも

とになっている。次は,〈細胞と宇宙のよく似た構造〉の項になり,パンの話か

ら始まる。パンのふくらみは酵母菌の泡構造のためにできたもの,そういえば人

間も細胞も泡構造でできている。発泡スチロールは究極の泡構造,岩石も銀河宇

宙も泡構造だという。壮大な話にまで泡論議が広がっていく。

既刊の『粒でできた世界』『空気は踊る』等と同様,読みやすい文章で綴られ

ている。              2015,08  1,500(西村寿雄)

         「新刊案内 2月」