私好みの新刊 20187

『野尻湖のナウマンゾウ』    野尻湖発掘調査団/著 新日本出版社

 この本は,長野県にある野尻湖層の60年近くにもなる長い長い化石発掘物語

がまとめられている。発掘者は,大学の研究者や小中学の教員や生徒,化石に

関心のある市民などの研究集団である。1969年に『野尻湖のぞう』(福音館書店)

が出版された。発掘されるたびに当時のゾウの姿や古環境,人類との関わりな

ど次々と明らかにされていった経緯が発表されていた。野尻湖層は約10万年前

から3万年前の地層だが,『野尻湖のぞう』続編や一般書の解説書,研究誌も

次々と発刊され続けてきた。今回出版された本書は,以上のような経過をふま

えた上で,近年の研究成果も盛り込んでこれからの野尻湖発掘の展望などをま

とめている。化石研究に興味のある人以外にも,地質研究の楽しさが伝わって

くる本である。

 第一章では,氷河時代のナウマンゾウの話,野尻湖はナウマンゾウの狩り場

だったかもしれないという状況証拠の話,第二章は小学生から専門家まで能力

や経験に応じて仕事を分担しながら研究を行っている実際についてまとめてい

る。第三章では,過去50年の野尻湖発掘の歴史をまとめている。発掘のきっか

けは1948年に湖畔の旅館の主人が湯たんぽのようなゾウの臼歯化石を発見して

いたことや野尻湖人がいたのではという話から始まる。第四章では,今までに

明らかにされてきた氷河時代の謎解きが詳細にまとめられている。そして,

第五章では,まず古環境を復元した詳細なまとめ図も挿入して,これからの発

掘目標を記している。後期旧石器時代にいたとされる「野尻湖人」は,はたし

てどのような文化を持っていたのか,また,どこからどのようにして日本にた

どり着いたのか,どんな姿で生活していたのか,謎の究明が今後の課題だと書

かれている。若い世代のこれからの発掘参加にエールが送られている。

20183月に第22次発掘が行われているが,大きな成果だったにちがいない。

                      201803月 1,300 

 

『クニマスは生きていた!』   池田まき子著  汐文社  

 舞台は秋田県にある田沢湖、田沢湖は火山性のカルデラ湖で水深は400m

日本一の深さ,かつては透明度の高さから摩周湖と並ぶ神秘の湖と呼ばれてい

た。1936年,その湖に水力発電と農業用水のため水量が必要になり近くの玉川

から水を引き込んだ。その玉川の水は日本でも有数の酸性の強い水だった。透

明度を誇っていた田沢湖はたちまち酸性の湖となり「死の湖」と化した。日本

固有種だったクニマス(国鱒)も絶滅した。と思われて70年後の2010年,なん

とそのクニマスが富士山麓の西湖に生きていることが確認された。もう絶滅し

たと信じられていたクニマスがどうして西湖に生きていたのか,そのドラマチ

ックな物語がこの本に展開されている。

 物語は,水が冷たく美しかった田沢湖の情景から始まる。クニマス,イワナ,

ウグイなどの湖の幸が地元の人々の暮らしをささえていた。中にはクニマス漁

で身を立てている漁師もいた。そのような静かな村に1936年のある日激震が

走った。田沢湖の水が発電に使われ,そのため玉川の水を湖に引き込むという

知らせ。玉川の水は酸性度の強い「毒水」,漁師たちは反対したものの戦時体

制下の国の方針には逆らえず無念の決断となってしまった。その後,田沢湖か

らクニマスの姿はみられなくなった。地元では,クニマス塚を作ったり,どこ

か近くの湖にクニマスが生きていないか懸賞金付きでクニマス探しが行われて

いた。代々の人も,当時クニマス漁に使われていた丸木舟を作り湖に浮かべる

などもして当時をしのんでいた。そのようにしていた2010年の12月,思いが

けないニュースが飛び込んできた。「クニマスが西湖に生きている」というニュ

ース。西湖と言えば田沢湖から500kmも離れた富士山麓,こんなに遠い湖に

どうしてクニマスが生きていたのか謎が深まるばかり,その謎解きも語られて

いる。今も田沢湖復元への取り組みが続けられているが先の長い話である。

一度の環境破壊がもたらす代償がいかに大きいかも知ることができる。  

                        201711月 1,500
           新刊紹介7月