はじめに

 

「外国では、大陸が動くなんて言っている学者がいる」

「大陸が動くなんてあるのかな」

 私が中学生の頃(1950年頃)こんな会話を友達としていたことを思い出す。しかし、

それ以後しばらくして、やはり、大陸が動くという話は夢物語だった、と聞かされていた。

 そのような時、1964年に竹内均・上田誠也著『地球の科学・大陸は移動する』(NHK

ブックス)という本が出た。昔聞いていたウェゲナー(アルフレッド・ウェゲナー1880-1930

の「大陸移動説」が、世界では劇的な復活物語として脚光をあびているとのことだった。

 しかし、1960年代当時は、大陸移動説は日本ではまだ仮定の段階で、真理かどうかは

決められないとする科学者もおられた。この本の著者さえ「大陸移動説が正しいと信じて

いるわけではないけれど」と書いている段階だった。

 それでもこのウェゲナーの大陸移動説は、ともすると無味乾燥になりやすい博物的な地

質学から、地球科学へと大きくわたしたちの目を向けさせてくれた。ウェゲナーの雄大な

着想とダイナミックな〈大陸移動説〉、ウェゲナーの死後に学説が復活するという劇的な

話題、さらに発展しつつあるプレートテクトニクスの話など、地球科学の壮大さと科学研

究のおもしろさを伝えてくれた。

 ウェゲナーの大陸移動説は、大胆な仮説による提言であり、予想を立てて多くの事象を

検証していく科学の方法がとられていた。ウェゲナーは、地質学者ではなく気象学専門の

地球物理学者であった。気象学の権威であったケッペン(1846-1940)に師事していたに

もかかわらず、あっさりと気象の研究を投げ出して、大陸移動の研究に生涯をかけた。目

の前に広がる大陸移動の研究に、本職を投げ出すほどの魅力にとりつかれたウェゲナーの

姿を検証する。

 ウェゲナーの大陸移動説は、大正末期から日本にも紹介されてはいた。しかし、これらの

内容は、寺田寅彦の本に少し紹介はあるものの、あまり日本の地質学会では話題にのぼって

いなかった。当時の日本における〈大陸移動説〉の翻訳状況はどうだったのか、寅彦以外の

(大陸移動説)に対する論調もまとめてみた。また、1960年代から広まった革命的な地質学

体系、プレートテクトニクスについて、日本での受け入れと批判の過程も追ってみた。

 ウェゲナーの大胆かつ着実な研究手法をひもときながら、その哲学的な背景にせまってみた。

あわせて、私が長年取り組んだ授業用プリント(授業書)作成の過程も併記した。

 地質学における仮説・実験的研究法と現象論的な認識過程を駆使したウェゲナーの(大陸

移動説)をここに検証する。