子どもの科学読み物
   
    「科学の本」とその現状   
                       (理科教育と科学読物 2)
                          

 
1 「科学読み物」の類型
  昨年度の発表資料「科学読み物における分類と位置づけ」に続いて、本稿では「〈科学の本〉と
その現状」について述べる。
 前稿では、「科学読み物」と称されている各種の本は下記のように大きく分類できるとした。今回、
その中に若干の補足をした言葉を入れているが大筋には変更はない。補足した言葉は・印を付けて
いる。
 
           「科学読み物」
   T 知識の本
          自然や社会、技術等の個別内容に関する本
          図鑑類、飼育・栽培・工作等の本
   U 科学の本 (科学読物)
          科学の認識過程をふまえる本
          科学上の原理、法則へ導く本、
          科学の発明・発見の過程を語る本
   V フィクション
          自然を感じる本(絵本・読み物)
           イメージを育てる本(絵本)
         ・動物文学、探検・推理小説、マンガ
 
 少し前稿と重なる部分もあるが本稿と関連するので再度取り上げていく。
 すでに人類が明らかにしてきた多様な自然や社会の事象・現象に関する読み物は、個人の興味関
心に応じていつでも必要な知識を探ることが出来る。また、それらは直接体験できるものもあれば、映
像やコンピューター等で間接的に体験できるものもある。
 しかし、それらの事象・現象の裏に潜む科学的な原理や法則は、個人的に自然や社会の経験をいく
ら多く積んでいても簡単に見つけられるものではない。これらの科学的な見方、考え方を身につける
には、筋道立った科学の論理を感激的に学ぶしかない。これには、学校などでの集団での学習が効
果的であるが、適切な本さえあれば本で学ぶこともまた可能である。
 また、わくわくした自然探求の面白さは、科学者の発明発見の読み物から学ぶことができる。またよ
り確かな科学観も、科学の方法や原理原則を学ぶ中でこそ培われる。その意味からも「科学の本」を
意識的に子どもたちに与えることが大切と考える。
 今回は、そうした「科学の本」について、具体的には何があるのかを述べていきたい。
 
2.科学の本(科学読物)
 科学読物について板倉聖宣氏は



 
  科学の本というのは、何かの知識を身につけるためにだけに読むのではありま
 せん。むしろ、子どものときには〈科学の一つ一つの知識〉よりも〈科学の考え
 方のすばらしさ〉を教えてくれるような、そういう読み物のほうがずっと大切な
 のです。
                     (『科学の本の読み方すすめ方』仮説社)
と述べている。近年は、まるでデパートの店頭のように次々と目新しい豪華な装丁の本を店頭で見かけ
るが、それらからは子どもたちに科学の芽を育てられるのか大いに疑問とするところである。子どもたち
にぜひ読んでほしいのはここに紹介する本である。
 一口に科学上の興味を引き立てる科学読物といっても、「科学の本」と「科学の読み物」、「探求の本」、
「発明発見の物語」等と区別できる。     
・「科学の本」
  ここでいう「科学の本」は、いわゆる仮説・実験の論理にもとづいて科学的な追究の楽しさを描いた科
学読物である。実際には、板倉聖宣氏の『空気と水』『花と実のなぞ』(「いたずらはかせのかがくの本」国
土社)シリーズ等が大半をしめている。なかなか他の著者ではこういう発想での本は書かれていない。
 このシリーズは、身近な現象でありながら読者を科学的な原理原則の世界へと導いている。
 中学生以上で、典型的な科学の法則のすばらしさを学ぶには同じく板倉聖宣氏の『ぼくらはガリレオ』
(仮説社)がある。落下の法則を通じて科学と常識との対決にせまる。
  「一流の科学研究というものは、どのようにしておこなわれるものか、だれもし
  らなかった新しいことを発見するまでには、どのような失敗と楽しみとがつきも
  のであるか、―こんなことを、「落下の法則」(ものの落ちるときの速さの法則)
  の探究のばあいについて、できるだけくわしく、ごまかさずにえがき出そうと
  して、この本を書いてみました。」
と、著者は「はしがき」で述べている。
 また、幅広い科学観を培うには同じく板倉聖宣氏の『科学的とはどういうことか』(仮説社)がお薦めである。
これは大人も含めて科学的に生きるための基本が語られている本である。身近なさまざまな実験を通じて、
「科学的に生きるとはどういうことか」を楽しく考えられるように書かれている。
 幼児を含めて低学年の子どもたちに不思議な自然の現象に立ち止まらせる本として『ぼくが歩くと月もあ
るく』(岩波書店)、『地球ってほんとにまあるいの?』(仮説社)などがある。子どもたちも予想をたてながら自
分の頭で考えることの楽しみ方を知る。これは科学入門の第1歩になる科学の本である。
 
・「科学の読み物」
 「科学の本」に類する中で、形の上では〈問題〉〈予想・仮説〉〈実験〉と科学的認識のパターンをふまえてい
なくても、それなりに科学的な視点をていねいに記述している本がある。それをここでは「科学の読み物」と定
義づけている。
 板倉聖宣著の『ジャガイモの花と実』(福音館書店)は、野生のジャガイモのたねからおいしいジャガイモの品
種改良を重ねてきたルーサーバーバンクの話が中心になっている。
  「ジャガイモの花と実という、ふだんはまったく問題にもされないものを一つの手がかりにして、自然のしくみの
  おもしろさと、それを上手に利用してきた人間
の知恵―科学のすばらしさを描き出そうとしたのです。(板倉聖宣)      
と、「あとがき」に記されている。
 あまり自然科学とは縁のない物語で新田次郎の『きつね火』(大日本図書)という本がある。著者新田次郎にし
てはめずらしく児童書である。この本は物語ではあるが、遠くの対岸にいつも出没する〈きつね火〉の正体を予
想を立てながら確かめていく、まさに科学の本である。
 『タンポポの研究』(国土社・山本正著)は、ほんとに流暢な言葉でタンポポについてふだん気づかない性質に
気づかせてくれる。適宜、問題、予想、意見を提示しながら、タンポポ観察の目を養ってくれる。文章が読みやすく、
読み書きする人には必修の読み物である。
 最近再版された『かさぶたくん』(福音館書店・柳生弦一郎著)は、著者の大胆な文体と書きぶりに特色があるが、
この本は、意識されてかされないでかわからないが、珍しく「問題」「予想」「討論」とも言える形をとっている。この
本を図書館で読み聞かせすると、幼児から高学年生までまちがいなく楽しんでくれる。
 
・探究の本
 科学の本の中には、わくわくするような思いで調査や探検、発掘をしている人の気持ちを書いた本がある。また、
一つの自然に魅せられて、どんどん真理を追求していく楽しさを書いた本もある。
 探検や発掘のおもしろさを書いた本として、井尻正二氏の『新版野尻湖のぞう』(福音館書店)や『ぼくらの野尻湖
人』(講談社)、『たのしい化石採集』(築地書館)などがある。いずれも、調査、発掘のおもしろさを知らせてくれる。中
でも『野尻湖のぞう』は、発掘されるたびに、当時の気候、ゾウの姿、人類との関わりなど、次々とぬり替えられてい
くところが楽しく読める。次に発掘できる中身を予想して3年後の発掘に当たるという仮説実験的な手法も取り入れ
られている。また、子どもも含めてだれもが、専門家と共同して発掘作業に当たっている姿はまことに楽しそうだ。こ
の本は、こうした雰囲気を読者にうまく伝えている。
 板倉聖宣著の『砂鉄とじしゃくのなぞ』(福音館書店・仮説社)という本がある。これは、著者が子どもの時にふと砂
場で見つけた砂鉄のなぞを追い求めてゆくうちに、ついに大陸移動説にまでたどりつくという〈知的探求〉の話である。
 また、近年発刊され続けているアリス館発行の「調べるっておもしろい!」シリーズも発見の楽しさを伝えている。
『アサガオのつるは〈右まき?〉〈左まき?〉』(七尾純著)、『わかったぞ!おいしい水のひみつ』(渡辺一夫著)など、さ
まざまな本やインターネットを通じて調べていく楽しさも読みとれる。これらの本は、だれもがいだくちょっとした疑問も
、調べていくと次々と発見を生むという事実を知ることができる。
 
・発明発見の物語(伝記)
 板倉聖宣氏が科学読物で重要な柱にしているのが、この発明発見物語である。板倉
聖宣氏は言う。
 「すぐれた科学者たちはどのように考え、どのように工夫をこらして自然のなぞ
 を解きあかしていったか」ということを知ると、自分の頭もよくなったような気
 がするものです。そういうことについて教えてくれるのは科学読物よりほかにな
 いのです。
                       (『科学の本の読み方すすめ方』)
   科学者という人間がいて初めて科学が成立します。ですから、科学読物というの
  は人間の物語なのです。自然の物語ではないのです。自然の物語は自然の本なの
  です。科学読物というと、とりあえずは科学者のすばらしさ、科学する人間、科
  学を作った人間のすばらしさがわかるように書いた本です。
                                      (1999,11 横浜での講演)
 このような願いで、子ども向きの本を書いている人は少ないが板倉聖宣氏以外にも何人かの人がいる。安野光雅
の書いた『天動説の絵本』(福音館書店)は、やや説明調であるが、地球が丸いと人々が認識してきた歴史、地球が
動いていると言い続けてきた科学者の姿を克明に描きながら、「地球の方が動いている」と大衆に認められるまでの
長い長い歴史を物語っている。一つの真理が人々に受け入れられていくまでの気の遠くなるような歴史を知ることが
できる。
 木村小舟の『昆虫翁・名和靖』(国土社)は、すでに1944年に書かれていた本の復刻版で、日本のファーブルと言
われたアマチュアの昆虫研究家名和靖の昆虫研究の姿が描かれている。少しでも農民の役に立つように研究に励
んだ名和靖の研究姿勢がよく伝わってくる。名和靖はギフチョウの発見者であり、岐阜市内に名和昆虫研究所を作っ
て広く市民への普及活動にも力を注いだ人である。
 富塚清の『ライト兄弟』(講談社)は伝記本である。普通、伝記というとその人物の業績のみをとうとうと書かれるのだ
が、この『ライト兄弟』は、こつこつと失敗に失敗を重ねて飛び上がる飛行機を作り続けるライト兄弟の姿を克明に追っ
ている。また、著者は航空機の専門家で随所に科学的な解説を加えている。発明発見のドラマを見ることができる。                 
                                    (日本理科教育学会第51回全国大会発表資料)
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