戦後の学年別科学読み物
     「なぜだろうなぜかしら」年生
 
                       西 村 寿 雄
 
 先に発表した「戦後の学年別算数読み物」(「科学読物研究」10号所収)に続いて、
同じ時期に出ていた学年別科学読み物「なぜだろうなぜかしら」について、これも楽し
そうな本なので発刊年を追って調べてみた。
 先の「戦後の学年別算数読み物」でも書いたことであるが、この本に目をつけること
になった発端は、愛知の竹田美紀子さんからご自分の小学生だった頃の科学読み物
の印象をEメールで送って下さったことであった。その部分を再度引用する。
  「…私の小学生時代の愛読書の一つ『たのしく読もう考えよう』とい  う学年別にシリーズとして
出ていた本は、算数・数学の本であったと  いうことです。… 何度も繰り返して読んだ愛読書でし
た。」
さらに
「なぜだか分からないけど、私は結構小学校の低学年のころから、理科系に興味があって、
理科だとか算数関係で「何年生むき」と書いてあるような本は、ほとんど手に入れて読んでい
たと思います。
  『なぜだろう、なぜかしら』シリーズも愛読書の一つでした。読み物としてどれだけの価値
があるのかないかは分かりませんが、私はそういうもので知的好奇心を満足させていたと思
います。また、うちの息子は、漫画の秘密シリーズがそうだったといいます。」
  今も、この『なぜだろうなぜかしら』のような、ちょっとした子どもの疑問に答えられる
ような簡便な本はたくさん発行されている。図書館で目にするような本をあげてみると
子どもの疑問に応える ふしぎからなっとく90』
              溝辺和成編著 東洋館出版社
「どうしてドライアイスを水に入れるとけむりがでるの」
「どうして 食べ物は よくくさるの」
「どうして 火山は噴火するの」
など、90の質問に答えている。それぞれ、2頁の見開きにまとめられている。
『おもしろ科学館 Q&A』  高知大学科学技術相談室偏
   「宇宙はいつできた」など   各問い1頁の答え 
『お父さんが理科をおしえてくれた!』  松原静郎監修 経済界
これは、それぞれ疑問の問題を3択にして、読者にも一度考える機会を設けてい
るのが特徴である。
 ごく最近刊行された本に
『ふしぎふしぎ200』 ふしぎ新聞社編著 福音館書店
がある。これも、子どもがふしぎに思うような問いについて1,2頁ほどの解説をしてい
るが、その後ろにその問いに関する本を紹介している。もちろん、すべて福音館書店発
行の「たくさんのふしぎ」シリーズの本である。これならその疑問についてかなり幅広い
知識を得ることが出来る。
 
 さて、戦後に発行された『なぜだろうなぜかしら』(実業之日本社刊)は各学年、上下
に分かれていて何度も再販されている。それだけ、かなりの人気があったものと思わ
れる。小学4年生上にしぼって取り上げてみると
  『なぜだろうなぜかしら 4年 上』 1955 第1版
  『なぜだろうなぜかしら 4年 上』 1964 第2版
  『なぜだろうなぜかしら 4年 上』 1966 第3版
  『なぜだろうなぜかしら 4年 上』 1970 第4版
  『なぜだろうなぜかしら 4年 上』 1977新第1版
  『なぜだろうなぜかしら 4年 上』 1983 新第2版
  『なぜだろうなぜかしら 4年 上』 1986 新第3版
  『なぜだろうなぜかしら 4年 上』 1990 新版
 このようにずっと版を重ね改訂をくり返している。同じ刷りでも7版、8版と続いている
ものもある。
 
 さて、もうすこし内容的にこの『なぜだろうなぜかしら』をみていきたい。例として小学
校中頃の目安として〈4年上〉を取り上げた。第1刷の1955年発行の編者代表は菅井
準一である。その後ずっと菅井が偏者代表になっている。執筆者は
 菅井準一(神奈川大学・科学史学会・物理学)
 真船和夫(東京学芸大学・科学史学会・生物学・科学教育協議会)
 大森平生(新宿区立小学校教諭)
 星野芳郎(立命館大学・科学評論家) 
となっている。異色と言えば異色の執筆陣である。
 目次には次のような内容がちりばめられている。
     『なぜだろうなぜかしら 4年 上』
  〔天体と自然〕
   ・火星人は、ほんとうに、いるのでしょうか。
・どうして、流れ星は、おちるのでしょう。
・星のかずは、いくつ、あるのでしょう。
…  …
  〔動物と植物〕
・ひまわりは、どうして、大洋のほうをむくのでしょう。
・海そうは、どうして、海にはえるのでしょう。
・草や木は、どうして、歩かないのでしょう。
  …  …
など、子どもがよく疑問に持つ内容である。
 この本を編集した菅井準一氏の思いが「あとがき」で語られている。
―先生とお母さま方へ―と題しているが、菅井氏の思いや力の入れどころなど読みと
れる。
 〈あとがき〉抜粋
「 この本は、何よりもまず、子どもさんたちに、どしどし、読んでもらわなければなりま
せん。それで私たちは、ともかくも、面白く、この本が読めるように、いろいろ工夫をこ
らしました。
 一年生や二年生の本では、疑問につながるおとぎ話などのなかで、むかしの人も、
やっぱりいろいろに考えたことをお話ししました。また、学年が上になるにつれて、その
答えをみつけようと苦心した科学者たちの話もしました。
 また、理科の説明をするときに、ひじょうに助けになるのは、さし絵です。この本では、
答えを分かりやすくかるために、さし絵にはとくに苦心しました。 …  …  …
 つぎに、一年生から六年生までの学年別に、ここにえらびだした疑問の性質につい
てですが、えらぶ目安は、どこまでも、その学年のふつうの子どもさんたちが、しぜん
にいだくもの、ということにしました。… … …
 また、子どもさんたちが、しぜんにいだく疑問に、えらぶ目安をおいたために、教科
書の単元とは、多少ずれることになった点もあります。どちらかいうと、疑問の水準は
、単元の水準よりも、一年ずつ早くなるという傾きがあります。… … …
 理科の勉強は、どちらかというと、たいくつなものになりがちです。しかし、ほんとうは、
理科は、童話ともまたちがって、面白くてたまらないものです。私たちは、問いと答とい
う形をとりながら、どうかして、理科の面白さを、この本の中に、もりこもうとしました。そ
してまた、問いと答という形をとりながら、ある程度、体系をととのえた理科のお話をしよ
うと、つとめました。… … … 」
 このような学年別の本をに出すに至ったいきさつについて、或いは楽しく読めるように
努力したことなどが力説されている。
 結果はどうだったかであるが、とにかく沢山の版を重ねているので、一応の成果はあっ
たと思われる。これは、学年別にしたことによる効果は大きかったのではないか。学年
別にしたことによってテーマも身近になったことだろうし、子どもたちにしても読みやすか
ったに違いない。また、少し背伸びしたい子どもや親たちに〈少し上の水準〉にひかれた
のではないかとも推測される。
 一例として『なぜだろうなぜかしら 4年 上』の「火星人は、ほんとうに、いるのでしょう
か」の書き出しの部分を取り上げてみた。
 
  
 
 このように、問いかけがあり、問題意識を喚起させるような書き出しではあると思う。また、
70年ほどの前の科学者の考えていた話を載せるなどして興味深い話になっている。
 その後何度か版を改めている。版を改めるたびに少しずつ活字を大きくしたり、そのために
文章の簡略化をしたり、絵を差し替えたりして全般的には読みやすくなっている。もちろん、こ
ういう科学技術に関する内容などでは、当然のごとくその時代にあった内容に差し替えられていく。
 先の「火星人はほんとうにいるのでしょうか」などでのスキャバレリの話を見てみると
 
 
 前頁の文章は1955年版である。ところが、1966版ではこの部分は以下に替えられて
いる。前記ではたんなる学者の想像の記載だったのが、1966版では、1964年に打ち上
げられたマリナー4号の話に代わっている。いよいよ、宇宙時代の到来であることが伝
わってくる。
 
 
さて、この学年別「なぜかしらなぜだろう」も、1977年を期して大きく改編がなされて
いる。
監修 星野芳郎  真船和夫
画  手塚プロダクション 下村風介
編集 安達宏治 宇川育 鳥居しげよし 松井利一
となっている。初期の星野芳郎や真船和夫は監修として残っているものの編集人は安
達宏治である。
 この1977年版は(次ページ参照)今までの記述の本とはおよそ似つかないものとなっ
ている。この版では、今までの挿し絵に代わって手塚プロダクションが本格的な劇画を
描いているのが大きな特徴である。もう、このころから子どもたちは劇画的手法をとらな
いと科学ものなど読まないと判断されたのだろうか。今までのスタイルとは激変してしまっ
た。ページによってはすべて劇画、漫画でうめられているものもある。当然本格的な文章
による記述はなく、文章は劇画の付け足しにまわっている。
 取り上げられている内容も以前とはほとんど差し替えられている。先の「火星人は、ほ
んとうに、いるのでしょうか」などはなくなっている。これらのことについて1977年版の後
書き「おうちの方へ」で星野芳郎は下記書いている。
 「ごらんのように、この新版では、旧版よりもいっそう子供さんた    ちに親しみやすいように、た
くさんの絵やマンガを挿入しました。   そして、質問に答える文章も、さらにわかりやすいように書
き改めました。全体の構想も大きく変えました。… … … 」
とある。
 先の版のように子どもたちにゆっくりと語りかけていく語り口調がなくなってしまった。
おもしろい考えを発表していた科学者のユーモアあふれる研究の過程も書かれなくな
った。
 この新版では、挿し絵が派手になり、確かに子どもは一度は手に取るかも知れない。
しかし、絵と少ない言葉で結果を簡潔にまとめられては子どもたちの心にどこまで残る
のだろうか。 
 
       たつまきはどうしておこるのか マンガ
 
    たつまき  答
 
 
  もちろんこれらの学習マンガ的な本はそれなりの効果はあると思う。
しかし、それは手塚治虫のマンガのようにストーリーがしっかりしていることが要である。
たんに言葉の補足としての劇画は、科学読物とはとらえにくい。これでは自然物の解説
書になってしまう。近年多く出回っている一問一等式の雑学知識の集積のような本に比
べると、まだ挿し絵や劇画がちりばめられている方が良いともとれる。しかし、
これらは科学読物という範疇から遠ざかってしまうのではないか。
 
 この「なぜだろうなぜかしら」はその後も版は重ねている。1997年には全8巻のセット
ものを出している。それなりの需要はあるのだろう。
 この実業之日本社では、今はこの他に「まんがで攻略 かん字の本」「まんがで攻略
つるかめ算なんてこわくない!」などの〈マンガで攻略〉シリーズや図鑑類を多く出して
いる。どちらか言えば実用向きの出版社である。
 
 
 同じ戦後に出版されていた「おはなしりか」、「発明発見ものがたり」(実業之日本社)につても興
味深い。いずれ調べてみたい。
 
◆検索および閲覧場所
  大阪府立国際児童文学館、大阪市立中央図書館、国立国会図書館
  実業之日本社HP 
                           2002,1,19