論文】一部抜粋
                               
  「科学読物」の類型化 3
             「科学の本」とその現状   
                                           西村寿雄
 
2.科学の本(科学読物)
 科学読物について板倉聖宣氏は



 
  科学の本というのは、何かの知識を身につけるためにだけに読むのではありま
 せん。むしろ、子どものときには〈科学の一つ一つの知識〉よりも〈科学の考え
 方のすばらしさ〉を教えてくれるような、そういう読み物のほうがずっと大切な
 のです。
                      (『科学の本の読み方すすめ方』)
と述べている。仮説実験授業をやっていて、また読み物をいろいろ眺めていて本当
にそのように思う。まるで、デパートの店頭のように次々と目新しい豪華な装丁の
本を店頭で見かけるが、本当に子どもたちに読んでほしいのはこの項に紹介する本
である。
 一口に科学的な興味を引き立てる「科学の本」といっても、このリストの中では
「科学の本」と「科学の読み物」「調査探究の本」「発明発見の物語」に細分して区
別している。リストに取り上げた本のいくつかについて概要を紹介する。     
・「科学の本」
  ここに記載している本は純然たる「科学の本」(狭義の科学読物)である。「い
たずらはかせのかがくの本」(板倉聖宣著)シリーズが大半をしめているが、なか
なか他の著者ではこういう発想での本は書けない。このシリーズは仮説実験授業と
共通した科学観に基づいて書かれている。身近な現象でありながら、読者を科学的
な原理原則の世界へと導いていく。
 中学生以上で、予想をたてながら典型的な科学の法則のすばらしさを学ぶには『ぼ
くらはガリレオ』がもっとも適当な本である。落下の法則を通じて科学と常識との対
決 にせまる。
  「一流の科学研究というものは、どのようにしておこなわれるものか、だれもし
  らなかった新しいことを発見するまでには、どのような失敗と楽しみとがつきも
  のであるか、―こんなことを、「落下の法則」(ものの落ちるときの速さの法則)
  の探究のばあいについて、できるだけくわしく、ごまかさずにえがき出そうと
  して、この本を書いてみました。」
と、著者は「はしがき」で述べている。
 また、幅広い科学観を培うには『科学的とはどういうことか』がお薦めである。
これは大人も含めて科学的に生きるための基本バイブルと言える本である。身近な
さまざまな実験を通じて、「科学的に生きるとはどういうことか」を楽しく考えら
れるようにしくまれている。私は短大生のテキストとして使用している。
 幼児を含めて低学年の子どもたちに不思議な自然の現象に立ち止まらせる本とし
て『ぼくが歩くと月もあるく』『地球ってほんとにまあるいの?』などがある。子
どもたちも予想をたてながら自分の頭で考えることの楽しみ方を知る。これは科学
入門の第1歩だ。
 社会の問題を科学的に見る方法を教える本として『社会を見なおすメガネ』がある。
量率グラフを有効に利用することによって、社会の法則もそれとなしに見えてくる
ところがおもしろい。
 ごく最近、〈グラフで見る日本の産業シリーズ〉として『日本の産業のすがたと未
来』のほか、『食料の生産』『せんい産業と日用品』『エネルギーと資源』など、10
 の本が出た。
   このシリーズでは、現在から過去の歴史を予想しながら見ていき、さらに未来を
  予想する見方考え方を身につけられるようにしました。(板倉聖宣)
とあるように、この複雑な社会の未来が予測できるところに楽しさがある。いずれも
量率グラフや対数グラフを駆使して日本の産業の姿を見つめ、将来への見通しを持
てるように工夫している。
 
・「科学の読み物」
 「科学の本」に類する中で、形の上では〈問題〉〈予想・仮説〉〈実験〉と科学的
認識のパターンをふまえていなくても、それなりに科学的な視点をていねいに記述
している本がある。それをここでは「科学の読み物」と定義づけている。
 『ジャガイモの花と実』は、野生のジャガイモのたねからおいしいジャガイモの
品種改良を重ねてきたルーサーバーバンクの話が
中心になっている。


 
 「ジャガイモの花と実という、ふだんはまったく問題にもされないものを一つの
 手がかりにして、自然のしくみのおもしろさと、それを上手に利用してきた人間
 の知恵―科学のすばらしさを描き出そうとしたのです。(板倉聖宣)
  と、「あとがき」に記されている。
 あまり自然科学とは縁のない物語で『きつね火』というお話がある。著者新田次
郎にしてはめずらしく児童書である。この本は物語ではあるが、遠くの対岸にいつ
も出没する〈きつね火〉の正体を予想を立てながら確かめていく、まさに科学の本
である。
 もうひとつ、『うつくしいえ』では、一つの絵に潜む作者の心の内を読みとる視
点を教えてくれる。それにそって新たな絵を見ると、すべての絵がいきいきと蘇っ
てくるから不思議だ。絵も原則的に見ることの大切さを教えてくれる本である。
 『タンポポの研究』は、ほんとに流暢な言葉でタンポポについてふだん気づかな
い性質に気づかせてくれる。適宜、問題、予想、意見を提示しながら、タンポポ観
察の目を養ってくれる。文章が読みやすく、読み書きする人には必修の読み物である。
 最近再版された『かさぶたくん』は、著者、柳生弦一郎の大胆な文体と書きぶり
に特色があるが、この本は、意識されてかされないでかわからないが、珍しく「問題」
「予想」「討論」の形を取っている。この本を図書館で読み聞かせすると、幼児か
ら高学年生までまちがいなく楽しんでくれる。
 
・調査・探究の本
 科学の本の中には、わくわくするような思いで調査や探検、発掘をしている人の
気持ちを書いた本がある。また、一つの自然に魅せられて、どんどん追求していく
楽しさを書いた本もある。それらをここでは「調査・探究の本」とした。
 最初にあげた『大昔の狩人の洞穴』は、前稿でも取り上げたのであるが、やはり
ここの「「調査探究の本」に入れた方がふさわしいようだ。フランスで発見された
氷河時代の洞穴探検物語である。といっても、たんなるフィクションではなく、洞
穴に克明に描かれた各々の絵から当時のヒトの生活が徐々に浮き彫りにされていく。
人類学の基本が学べる本である。今は、絶版で図書館で見るしか方法がない。
 探検や発掘のおもしろさを書いた本として、他に『野尻湖のぞう』『ぼくらの野
尻湖人』『恐竜はっくつ記』『たのしい化石採集』『恐竜の足あとを追え』などがある。
いずれも、探検、発掘、調査のおもしろさを知らせてくれる。中でも『野尻湖のぞう』
は、予想して次の発掘に当たるという仮説実験的な手法で書かれているので、西村
が授業書化した本である。
 『宇宙の「超」ひみつをしろう』は楽しい宇宙への入門書である。一見SF的手
法で宇宙探検の形を取っているが、現代でわかっている事実に基づいて、宇宙の姿
が克明に描き出されている。思わず引き込まれて次々と読まされていく。この訳者
の文体も魅力的である。
 『葉の裏で冬を生きぬくチョウ』は、ふと見かけた美しいチョウに魅せられて、
だんだんどチョウの生態研究にはまりこんでいく一主婦の方の記録である。研究の
材料がだれにでも、どこででもみつけられることを教えてくれる。
 
・発明発見の物語(伝記)
 板倉聖宣氏が科学読物で重要な柱にしているのが、この発明発見物語である。板
倉聖宣氏は言う。



 
 「すぐれた科学者たちはどのように考え、どのように工夫をこらして自然のなぞ
 を解きあかしていったか」ということを知ると、自分の頭もよくなったような気
 がするものです。そういうことについて教えてくれるのは科学読物よりほかにな
 いのです。
                       (『科学の本の読み方すすめ方』)
   科学者という人間がいて初めて科学が成立します。ですから、科学読物というの
  は人間の物語なのです。自然の物語ではないのです。自然の物語は自然の本なの
  です。科学読物というと、とりあえずは科学者のすばらしさ、科学する人間、科
  学を作った人間のすばらしさがわかるように書いた本です。
                        (1999,11 横浜での講演)
 このような願いで、子ども向きの本を書いている人は少ないが板倉聖宣氏以外
にも何人かの人がいる。安野光雅の書いた『天動説の絵本』は、やや説明調であるが
地球が丸いと人々が認識してきた歴史、地球が動いていると言い続けてきた科学者
の姿を描きながら、一つの真理が解明されていくまでの気の長い長い歴史を語って
いる。
 木村小舟の『昆虫翁・名和靖』は、すでに1944年に書かれていた本の復刻版で
日本のファーブルと言われたアマチュアの昆虫研究家名和靖の長年打ち込んだ昆虫
研究の姿が描かれている。名和靖はギフチョウの発見者であり、名和昆虫研究所を
作って普及活動にも力を注いでいた。
 富塚清の『ライト兄弟』は伝記ものである。普通、伝記というとその人物の業績
のみをとうとうと書かれるのだが、この『ライト兄弟』は、こつこつと失敗に失敗
を重ねて飛び上がる飛行機を作り続けるライト兄弟の姿を克明に追っている。また
著者は航空機の専門家で、随所に科学的な解説を加えている。
 小関智弘の『町工場スーパーなものづくり』は、ハイテク技術に駆使される現代
のもの作りにおいて、さんぜんと輝く町工場の人の技術のすごさを教えられる。ま
だまだ、機械ができないことを人間の腕が行う。人のすばらしさを教えてくれる本
である。この本はけっして子ども向きではないが、文章は平易で中学生なら読める。
 アイリック・ニュートの『世界のたね』は、人類文明の黎明期から、発展躍動し
ていく人類の知恵の発展の歴史が分かりよく書かれている。人は元来好奇心の強い
動物であることが一貫して強調されている。「自然界の真理を追い求めてきた「狩人」
(人類)たちの情熱の物語である。」と訳者は書いている。この本も、中学生以上
から読める。
 ここにはあえて紹介しなかったが、発明発見物語全集に入れられた個々の本は、
それぞれにおもしろい。一つ一つぜひ子どもたちに紹介したい本である。

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