「科学読物」の類型化 4
 
フィクション
  「自然を感じる本」、「予想を楽しむ本」とその現状   
                               
.V「フィクション」の本
 
  一般に「科学読み物」と称されている本の中から「フィクション」という分野の本を区別した。
「科学読み物の中にフィクション?」と奇異に感じられるかも知れないが、科学認識の初期の
段階から言ってもごく大切な本とも言える。本稿での「フィクション」には、〈自然を感じる本〉
〈予想を楽しむ本〉と、〈動物物語、探検物語、推理小説、マンガ〉などを含めている。
 幼児や低学年児対象の本の中にこの〈予想を楽しむ本〉の本がある。一概に幼児、低学
年児向けの科学絵本をすべてここに入れているわけではないが、簡潔な問いと答えの応
答形式の本はかなりこの分野に入るのではないかと思う。今回は、その他「自然を感じる
本」についても述べてみたい。
 
 本稿が科学読み物の中で「フィクション」と位置づけているものは、あくまでも創作の内容
でありながら自然界の姿を感じ取らせている本である。特に、科学入門期にある子どもには、
自然や社会の個別的な知識よりも、自然界の不思議さや美しさを十分に感じ取らせたい。
そうした願いを込めて書かれた本を「自然を感じる本」としている。
 マリー・ホール・エッツ原作の『わたしとあそんで』は、動物の本性を感じ取らせる本と言え
る。一人の女の子が動物と仲良しになろうとしていくら近づこうとしても、動物は逃げる一方
である。途方に暮れて静かにじっとしていると、やがて、相手の方から近づいてくる…という
話になっている。動物は自然なつきあい方をしていることが読みとれる。もちろん、この本の
主題はもっと広く人間の本性について述べているのかも知れないが、何かしら動物の本性を
感じ取らせていると言える。
 マリヤ・テルリコフスカ作の『しずくのぼうけん』は、水の中の「しずく」をあえて擬人化し水は
さまざまな場所に移りうることを見せている。時には、岩の中で堅い岩をくだいたり、川を流れ
たり、水道管に吸い込まれて蛇口から出てきたり、洗濯物から空気中に飛び出したりと、いろ
んな旅を続けながら、自然界における水の循環をイメージづけている。また、これは、水分子
のイメージとも重なる。
 遠山啓監修の『どっちがたくさん』は、共に数学の基礎となる数の認識の目のつけどころを
描いている。子どもの日常的な場面で数を意識させる場面を描きながら、数量を意識させて
いく。同じ遠山啓の『0から10まで』では、ものの数を半抽象的なタイルや数字と対比させる
ことによって、数を意識するように描かれている。
 エリック・カール作の『はらぺこあおむし』は、絵本評のなかでは最高の評価を得ている本で
ある。青虫がどんどん葉っぱを食べてついに美しいチョウに変身するという奇想天外な話で、
子どもたちにも人気が高い。これは、見方を変えれば、幼虫から蛹、成虫へのチョウの変態を
イメージさせているとも言える。虫の目から見れば、幼虫の時期(子どもの時期)はどんどん栄
養をとる時期だということを予感させているとも言える。
 越智典子作の『ほら、きのこが…』は小学生以上から大人まで楽しめる。これは、フィクション
というよりもキノコそのものをを紹介したの本ではあるが、たんにキノコの解説をしているので
はないと受け取れる。そこかしこに見られるキノコを美しい写真で紹介しながら、そっと、キノコ
の本性に気づかせている。見ているとほんとに森が美しい。知られざる森の一面を感じさせる
本と見たがいかがだろうか。
 レオ・バスカーリア作の『葉っぱのフレデイー』を科学読み物に入れるには少々の異論を唱
える人もいる。副題に「いのちの旅」とあるように、ストーリーから言えばヒトの一生を暗示し
た物語である。しかしまたこれは、若葉から枯れ葉への変化を通して人類も含めた大自然の
大きな輪廻を感じさせてくれる。そう見れば、まさに「自然を感じる本」といえないだろうか。
 得田之久著の『162ひきのカマキリたち』も、「カマキリの本」とも言える。しかし、この本は
たんにカマキリの生態を解説した本ではない。一つの卵嚢から誕生した162匹のカマキリは
成長とともにどんどんその数を減らしていく。そして、ギリギリ生き残った最後の一匹が命を
つなぐという昆虫の世界のきびしい一端を描いている。命をつなぐということがどんなに貴重
なことかを感じさせてくれる。
 なお、「フィクション」の項には入れていないが、形から言えばフィクションそのものといえる
『きつね火』(新田次郎作・簑田源二郎絵・大日本図書)という本がある。新田次郎が子ども
向けの読み物として書いている唯一の出版物である。「直平の村には、きつね火がときたま
あらわれることがあった。…むかしからいわれているように、きつね火はキツネのつくるもの
だと信じこんでいた。…」で始まり、推理と予想、実証というまさに科学と言える方法でその
「きつね火」の謎を解き明かしていく。したがって、いちおう前稿では「科学の本」に分類して
いるが「フィクション」の部類にも入るものでもある。
 
.予想を楽しむ本
 子どもの知的興味は「見えたり、隠れたり」から始まると言われる。0歳児、1歳児はまず
母親や目の前の人の存在に注目する。松谷みよ子の『いないいないばあ』(童心社)という
本があるが、この本はまさに子どもの好奇心の原点になる本である。この本まで「科学読み
物」に入れるのは、少々こじつけの感がまぬがれないが、この「いないいない…」の後ろに
は、「きっと○○がいる」という予想が持てるから子どもは喜んで聞くものと思われる。繰り
返しのあるお話に子どもが興味を持つのは自分なりの予想が持てるためだとも言われている。
 この「いないいないばあ」の手法を取り入れた本がある。予想をたてさせて、次に答えを見
せるという単純な構成であるが、これはもう立派な科学入門書と言える。子どもから大人ま
でクイズ感覚で楽しめる。このような「予想をもって問いかけると楽しい」と感じられるような
本を、本稿では「フィクション」に分類した。「問いかけ(問題)―予想(仮説)―実験」のパタ
ーンですすむ「科学の本」の一歩手前の本と言える。 
         
  幼児、低学年児向けの本で単純にクイズ形式で展開するものがある。この本が出たのは
1966年出版の年の『くるまはいくつ』(斉藤茂男著・福音館書店)である。
 「くるまが 1つあるもの なあんだ?」
と問いかけて、「1りんしゃ。」、「1りんしゃって なあに?」と、話は展開していく。 続いて
「くるまが 2つあるもの なあんだ?」「…3つあるもの なあんだ?…」と、次々に問いかけ
と答えがすすんでいく。最後には、「くるまが たくさん たくさん ついているもの なあんだ
?」とある。ちょっとした視点の転換がある。子どもには、答えになる部分をかくして話を読み
聞かせていくと効果的である。
 『なにのあしあとかな』(藪内正幸著・福音館書店)は、動物の足跡の絵が大きく描かれて
いて「なにの あしあとかな」と、問いかけている。次のページにその足跡の主の動物が描
かれている、いわば動物絵本とも言える本である。まずは、イヌとネコの足跡の区別がつく
だろうか。この本は、フイールドサインを学ぶ野生動物学入門にも使える。
 『やさいのおなか』(きうちかつ・福音館書店)は、当初「ペーパーパック絵本」として発行さ
れた小冊子である。野菜の断面図のシルエットを見せて、「これ なあに」と問いかけている。
そして、次ページにはその野菜の絵が描かれていてその野菜は何か当てるようになって
いる。これは、子どもには大人気で、大人の大学生でもけっこう楽しんで見る。野菜の断面
などはふだん見ているようで見ていない盲点をうまくついている。
 次に少し本格的に物性の問題で問いかけ、実験で答えを確かめていくように編成された
本に『ビー玉は数をしっている』(折井英治・折井雅子作・大日本図書)がある。この本は、
「こうしたらどうなる? どうしたらこうなる?」シリーズの1冊で、内容もなかなかおもしろ
く展開されている。
 この本では、まず、一つのビー玉をしきいの上にのせて、前に置いた一つのビーたまに
衝突させる。そのときに当てられた前のビー玉、当てたビー玉はそれぞれどのように運動
するのか予想して実験するように仕組まれている。そのあと、二つのビー玉を使ったり、大
小のビー玉を使ったりして、衝突の原理に気づかせるようにもなっている。最後にはバラン
スボールにまで話が及んでいる。
 この本はハッキリと原理原則的なことは言葉として書かれていないが、子どもなりになん
となく原則に気づき予想が持てるように編集されている。
 同じシリーズの『おどるピンポンだま』(よしだ きみまろ絵)もおもしろい。
「りんごのうしろにろうそくをたて火をつけ、リンゴにつよくいきをふきかけると…」
と、問いかけて次のページに結果の絵をかいたり、「はがきをつくえの上におき、ガラスのろ
うとをはがきにちかづけて、つよくすうと…」として、次ページに結果の絵を描いたり、「ストロ
ーの上でピンポン玉をふくと…」など、興味深い実験が紹介されている。いわゆる、流体の
問題であるが、現象としては不思議に見える。
 このシリーズは、他のどの巻も同様の問いかけ構成である。他に、『2本のストロー』『う
きしずみ』『だるまおとし』など、全10巻におよぶ。
 
 本稿で「フィクション」に位置づけている部類には、以上の他に動物文学や探検もの、推
理小説風のもの、マンガ、紙芝居といったものがある。これらについては、項を改めて取り
上げたい。
 
 
 

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