【論文】 2001,3,4
科学読み物の類型化6
算数・数学の本
西村寿雄
科学読み物を語るとき、どうしてもはずせない分野に「算数・数学」分野の本がある。
分類をしいて言えば「知識の本」「科学の本」になると思われるが、ここでは、「算数・数学の本」とした。
たくさん出回っている「算数・数学の本」も、大きく分けると次の二つのタイプに分けられる。
1. 算数・数学のおもしろさ、楽しさを書いた本
2. 算数・数学の内容について解説した本
算数・数学については、それぞれの専門書は別にして、教師や一般の大人に対して分かりやすく書いた本も少なくない。
その筆頭はなんといっても『未開人の数学』(矢野健太郎著 1942年誠文堂新光社)であろう。「未開人の数概念」や「数
の抽象的概念」「数の名」など、それぞれに簡潔に分かりやすく書かれている。数が発見されていった過程がおもしろく読
みとれる。その他、カジョリ著『初等数学史』(小山書店)も参考になる。
また、内容に関する本では、小倉金之助著『日本の数学』、吉田洋一著『ゼロの発見』(いずれも岩波新書)、大矢真一・
片野善一郎著『数学と数学記号の歴史』(裳華房)などの他に、数学教育の改革をめざした遠山啓による『数学の学び方・
教え方』、『数学入門』(いずれも岩波新書)、『水道方式』(国土社)など数学教育に関する本も多く出版されている。
ここでは、いちおう子ども向き(幼児・児童・生徒向き)として書かれた本を中心に解説をしていく。
以下に紹介している本の書誌情報は付録の一覧を参考にされたい。
1 算数・数学のおもしろさを書いた本
人類が今のような文明を築き上げる出発点は、ものを数えたり、計ったり、計算したりする時点にある。この時
期に、人類がどのようにして数と量を認識していったかという過程は、子どもにとっても興味深い。1960年に書かれたという
『数いまとむかし』(アービング・アドラー、ルース・アドラー著)は、このあたりを非常にわかり易く書いている。
後に『数と図形の発明発見物語』として再版された板倉聖宣編『ピタゴラスから電子計算機まで』も、数々の興味ある算数・
数学の話題を集めている。「この本には、みなさんが〈なーるほど、むかしの人はうまいことを考えたのだなあ。〉とか、〈ぼく
たちだって、もうすこし勉強すれば、もっといい知恵がだせそうだぞ。〉と思うような、やさしくておもしろい物語があつめてある
のです。」と〈まえがき〉にある。「偉大なるインド人の0の発見」「算木をのりこえた日本の数学」など、楽しい話題がいっぱい
である。
五味太郎の『すうじの本』は体裁は幼児向けの算数の本だが、「いわゆる算数の入門書のような、数え方の手引き書でも
なければ、数字の書き方を教えるものでもありません。」と断り書きしているように、まったく「絵本」に徹している。カバー表
紙に「すうじというものが重要な位置を占めている風景を描きました。」とある。
山崎直美著の『小町算と布ぬすっと算』は、「鶴亀算」「小町算」「仕事算」「弁慶の子問答」など、物語とともにパズルのよう
にして解いて楽しんでいた昔からの問題をたくさん紹介している。山崎直美氏はこうしたパズルの本を数多く出している。
『図形がおもしろくなる』(大野栄一著・岩波ジュニア新書)は、「折り紙で図形をつくろう」「正多面体をつくってみよう」などが
あり、折り紙などで簡単に正多面体を作りながら立体図形に親しむように書かれている。その他「一筆書きのなぞ」「迷路脱
出のごくい」など興味深い話題も多い。
新総合読本として、短い話を集めた『なぞとき物語』『自然界の発明発見物語』(いずれも板倉聖宣編・仮説社)には、楽しい
話が多い。「ケタチの話」「記号と暗号」など、実用的な数学の話題もある。話が短いので、ちょっとしたお話会などでも紹介
できる。
〈算数・数学が楽しくなる12夜〉として大々的に宣伝された『数の悪魔』は、「1の不思議」「0はえらい」など話題は豊富だが、
少々、話のすじがわかりにくい。対話形式が活きていない。どれだけ〈悪魔〉の魔法にのりきれるかが楽しみの分かれ道となる。
2.算数・数学の内容を書いた絵本・読み物
算数・数学の内容をできるだけ分かりよく、イメージ豊かに子どもたちに伝えようとした本も多い。
特に、幼児・児童向きの本には多様な絵を駆使して数量関係や基本図形を描いているものが多い。そのなかで、いくつか特
徴的なものを紹介したい。
かこ・さとしの『よこにきったまるいごちそう』は、裁断面や投影が円になる立体について、台所で扱うたくさんの野菜類から
入っている。野菜や果物、卵を切ることによってさまざまな形が想像できるし、確かめもできる。平面と立体とのつながりをう
まくとらえている。
遠山啓監修の『どっちがたくさん』『0から10まで』は、どちらも現場の教師たちによる構成になっている。『どっちがたくさん』
は、数認識の基本とされる〈1対1対応〉についていろんな場面を描きながら数と集合について気づくように構成されている。
『0から10まで』は、〈身近なもの〉と〈数字〉と〈タイル〉をあわせて目に入るように描かれている。数字の出てくる順序は、2→
1→3→4→5 … とすすみ最後に0を出している。もちろん5以上は5+□と見えるように工夫されている。
いずれも、くわしい解説がある。
エリックカールの『1,2,3どうぶつえんへ』は、よくある幼児向きの〈かずの本〉と構成は変わらない。数字の1から10迄を
絵と数字で描いた本である。ただ、この人の絵本としての人気は高く、この本にもある色とりどりの動物の絵は子どもたちに
喜ばれるかも知れない。
安野光雅絵・遠山啓監修の『みずをかぞえる』は、少しユニークな本である。いわゆる連続量のものをいかにして比べ数値
化していくかがこの本のテーマになっていて、「単位」の必要性に気づかせている。遠山氏、安野氏の解説がある。類書があ
まりない。
岩波書店の〈ぼくのさんすう わたしのりか〉シリーズにはいい本が多い。なかでも、『たす ひく なあに』『まる さんかく しかく』
は特に推奨したい。『たす ひく なあに』は、いわゆる〈たす〉、〈引く〉の意味について子どもたちと語れるように構成されている。
本の話にひかれて子どもたちもいろんな話をするのではないか。『まる さんかく
しかく』も楽しい本だ。〈まる〉〈さんかく〉〈しか
く〉という形を知った後で、楽しい折り紙が待っている。丸い折り紙から、絵本に沿って折っていくと三角形、四角形に変身でき
る。
さらに五角形、六角形にも変身出来る。そのままコインを入れる袋にもなる。実用的でもあり、その変身ぶりに大人の大学生
も喜ぶ。いずれも、しっかりとした解説がある。
『1から100までのえほん』は、戸田デザイン研究所の本である。『カタカナえほん』『国旗のえほん』など、ここから発行される
本は多数ある。デザイン面に独自の工夫がなされていて絵が美しいのが特長である。内容としては、1から100までの数と、
いろいろな動物や鳥などをデザインした絵と符合させている。〈5〉〈10〉がしぜんに目に入るように工夫されている。
〈国土社の算数えほん〉として、〈分数〉〈割合〉シリーズ、それに〈均等分布〉が出版されている。いずれも、長年著者たちが
所属する数学教育研究協議会や仮説実験授業研究会で、独自に算数・数学の授業プランを発表してきた。その成果を本に
まとめたものである。いずれも、それぞれの〈問い〉に基づいて読者が法則性や計算規則を発見していく過程や楽しく学ぶ過
程を重視して書いている。
『分数ってなんだ』では、量分数を中心に、分数の意味を理解していくことを大切にし、分数の加減乗除では、計算規則を見
つけさせるように話を展開している。『割合っておもしろい』では、日本語の文章から〈くらべる量〉や〈もとになる量〉などに数式
化する手だてがわかるように工夫されている。〈割合ミミズの式〉というユニークな定式化を試みている。習熟も重視され「力だ
めし」も設けられている。『均等分布と1あたり』は、〈均等分布〉というイメージから入り、〈1あたり〉の概念を定着させている。
常に〈文を図に翻訳〉しながら、具体的なイメージ作りを重視している。
〈はじめて出合うコンピュータ科学1〉『1と0の世界』は、2進法について分かりやすく興味深く書いている。初めは「7枚のカ
ードによる数当て」「3枚のカードによる数当て」ゲームから入る。10進法と2進法の違いを述べた後、2進法を使った計算原
理に気づかせている。このシリーズは『あいまいな文』『こわれている電卓』『カッコのない国』など全8巻で構成されている。
〈さんすうえほん〉シリーズとして3冊ものが作られている。いずれも楽しそうな絵の中で、長さや重さを比べる遊びを描いた
『くらべてみよう』、足し算引き算のおもしろさを描いた『かぞえてみよう』、前後の位置関係や形遊び、立体図形を扱った『かん
がえてみよう』がある。こうした類似の絵本は多い。
以上、算数・数学の読み物、絵本の概略を解説した。次に「算数・数学 読み物・絵本一覧」を付け加える。
算数・数学 読み物・絵本一覧
No |
書 名 |
著者名 |
出版社 |
発行 |
1
|
★数いまとむかし
|
アービング・アドラー、ルース・アドラー
著・植野香雪訳 |
福音館書店
|
1960
|
2
|
よこにきったまるいごち そう |
かこ・さとし
田中武紫 |
童心社
|
1969
|
3 |
かずのほん |
まついのりこ・遠山啓 |
福音館書店 |
1970 |
4
|
どっちがたくさん
|
遠山啓・岡田進・野沢茂・
森孝一・横田昭次 |
童心社
|
1970
|
5
|
0から10まで
|
遠山啓・岡田進・野沢茂・森孝一・田畑精一 |
童心社
|
1970
|
6 |
1,2,3どうぶつえんへ |
エリック・カール |
偕成社 |
1970 |
7
|
★ピタゴラスから電子計 算機まで (新版あり) |
板倉聖宣編(板倉、大矢、大野、あいば) |
国土社
|
1971
|
8
|
みずをかぞえる(はじめ てであうすうがくの本) |
安野光雅・遠山啓
|
|
1972
|
9
|
関数を考える
(岩波科学の本) |
遠山啓
|
岩波書店
|
1972
|
10 |
数は生きている ( 〃 ) |
銀林浩・榊忠雄 |
岩波書店 |
1974 |
11 |
πの話 ( 〃 ) |
野崎昭弘 |
岩波書店 |
1974 |
12 |
数の不思議(日本少年文庫) |
遠山啓 |
国土社 |
1974 |
13 |
かぞえてみよう |
安野光雅 |
講談社 |
1975 |
14
|
たす ひく なあに
(ぼくのさんすうわたしのりか) |
相原昭・桑原伸之
|
岩波書店
|
1981
|
15
|
まる さんかく しかく
( 〃 ) |
戸村浩・巽亜古
|
岩波書店
|
1981
|
16
|
★数と図形の発明発見
(『ピタゴラスから…』の再版) |
板倉聖編(板倉聖宣
大野三郎、大矢真一) |
国土社
|
1983
|
17 |
★すうじのほん |
五味太郎 |
岩崎書店 |
1985 |
18 |
かずの絵本 |
五味太郎 |
岩崎書店 |
1985 |
19
|
1から100までのえほん
|
たむらたいへい
|
戸田デザイン研究室 |
1986
|
20 |
おかあさんだいすき1.2.3 |
村上勉作 |
あかね書房 |
1986 |
21 |
★小町算と布ぬすっと算 |
山崎直美著 |
さえら書房 |
1988 |
22 |
分数ってなんだ! |
新居信正・荒井公毅 |
国土社 |
1989 |
23 |
分数 たす・ひく |
新居信正・荒井公毅 |
国土社 |
1989 |
24 |
分数 かける・わる |
新居信正・荒井公毅 |
国土社 |
1989 |
25 |
割合っておもしろい |
新居信正・荒井公毅 |
国土社 |
1990 |
26 |
割合をとく |
新居信正・荒井公毅 |
国土社 |
1990 |
27
|
1と0の世界(はじめて出 合うコンピュータ科学1) |
徳田雄洋・村井宗二
|
岩波書店
|
1990
|
28 |
★グリムの森の算数パズル |
山崎直美君島美和子 |
さえら書房 |
1993 |
29 |
均等分布と1あたり |
新居信正・荒井公毅 |
国土社 |
1993 |
30
|
★図形がおもしろくなる
(岩波ジュニア新書) |
大野栄一
|
岩波書店
|
1994
|
31
|
くらべてみよう
(さんすうえほん1) |
伊藤俊次さく
山下ゆうじ・え |
ブックローン出版 |
1994
|
32 |
かぞえてみよう( 〃 2) |
伊藤俊次山下ゆうじ |
ブックローン |
1994 |
33 |
かんがえてみよう( 〃 3 ) |
伊藤俊次山下ゆうじ |
ブックローン |
1994 |
34
|
★九九ものがたり (新総 合読本『なぞとき物語』) |
大矢真一 (板倉 聖宣・村上道子編) |
仮説社
|
1997
|
35 |
★切り紙 ( 〃 ) |
板倉聖宣 ( 〃 ) |
仮説社 |
1997 |
36 |
★一筆書きの数学( 〃 ) |
板倉聖宣 ( 〃 ) |
仮説社 |
1997 |
37 |
★「ケタチ」の話 ( 〃 ) |
重弘忠晴 ( 〃 ) |
仮説社 |
1997 |
38
|
★記号と暗号(『自然界の 発明発見物語』) |
板倉聖宣
(板倉聖宣編) |
仮説社
|
1998
|
39
|
★数の悪魔
|
ハンス・マグヌス・エンツェンスブルガー著・丘沢静也訳 |
晶文社
|
1998
|
40
|
★自然界にひそむ「5」のな ぞ(ちくまプリマーブック) |
西山豊
|
筑摩書房
|
1999
|
41
|
★7つの橋のぎもん
(たくさんのふしぎ) |
仲田紀夫・古山浩一
|
福音館書店
|
2000
|
★印 読み物
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