【論文】                                                2001,7,8
  科学読み物の類型化7            
              
戦後の自然の読み物 (要約)           
                                         西村寿雄

 近年の科学読み物は絵や写真がふんだんに取り入れられて、作品の内容をより現象的にリアルに
伝えようとするものがほとんどである。絵本となればなおさらである。しかし、いくらカラフルに大きな絵
や写真を配置して構成されていても、それが必ずしも子どもたちの心を感動的にゆり動かすとは限らない。
 もともと、科学読み物は〈読み物〉が原点である。挿絵や写真が各所に挿入されているとしてもあくまで、
文章が中心になって展開されていくことが基本である。そうした読み物を通して、読者はじっくりと自然
の不思議さを感じ取ったり、さまざまな動物の行動に感激したり、著者の調べていく筋道に興味をいだい
たり、時には人と動物との心のふれ合いなどにも感動を覚えるのが〈読み物〉である。板倉聖宣の言う
「人間の物語り」そのものでもある。

 戦後、意欲的に子供の本を出し続けていた研究者が一人いる。井尻正二である。井尻正二は地質学の
専門家で、科学をより大衆のものにする運動のもとに生み出した地学団体研究会(地団研)の指導者であ
った。だからだろうか、この1950年代から共著出版であるが大変わかりやすい地質関係の読み物をたくさ
ん出版している。
 1950,1960年代では
  『これからの地球はどうなるか』新興出版社 1949  『人間の先祖』 福村書店1951、
  『マンモス象とその仲間』 福村書店 1951
など、17点、
1970,1980年代では
 『生物の発生』共著堀田進「化石がかたる地球の歴史」千代田書店 1975
 『恐竜の世界をたずねて』共著後藤仁敏(ぼくらの化石文庫) 千代田書店1974
 『マンモスをたずねて』筑摩書房 (ちくま少年図書館) 1970
など読み物16点、その他
 『野尻湖のぞう』(福音館の科学シリーズ)
 『先祖をたずねて億万年』共著伊東章夫(マンガシリーズ・新日本出版社)
など14点も出している。
井尻正二の本はいずれも文章は平易で読みやすい。例をあげると
   私たちは、化石に話しかけることはできますね。
   「きみはどこからきたの」
   「きみはいつごろ生きていたの」
   「どんななかまといっしょだったの」
  さあ、つぎは返事をきく版です。ようく耳をすませてききましょう。
   「エッ、「なんにもきこえないよ」
  ですって。おかしいですね。きこえるはずなんですけど…どうしてでしょうか。
  ハハーン、みなさんは、耳だけできこうとしているのでしょう。それはむりです。耳だけでは、
  化石の声はきこえません。化石と話すときの要領は、頭や心をつかうことです。… … 
                   『たのしい化石採集』井尻正二・石井良治著 築地書館1986(1976)
このような書きぶりである。いきなり学問上の話を持ち出さないで、読者を徐々に引き込もうと工夫している
点がよくわかる。他にも、『恐竜の足あと』(真野勝友共著)、『生きている化石』(堀田進共著)などもある。
どの本もやさしい文体で書かれている。

 さて、1966年から福音館書店が〈福音館の科学シリーズ〉を出し始めた。そのほとんどは絵本タイプであり、
当初はずっと外国の著者の訳本であった。そのシリーズの中で25番目に初めて日本人の著者による書き下
ろしの本が出た(1968年)。それが『ジャガイモの花と実』(板倉聖宣著)である。しかも、この本は挿し絵はある
ものの他の本のように絵本タイプではなくて読み物として書かれている。
 この本では、著者の幼少の頃のジャガイモ栽培体験から話が入っている。そして、「ジャガイモやサツマイモ
にも花が咲く」ということを知った喜びを語りながら、「植物の花と実とたね」の話に入っている。それから、発芽
や再生のことにもふれ、「たねから育てたジャガイモ」の話として、ルーサー・バーバンクの研究の話など、興味
深い話が語られていく。著者は「あとがき」で
    これは、ジャガイモについての知識の本ではありません。ジャガイモの花と実という、ふだんは全
    く問題にもされないものを一つの手がかりにして、自然のしくみのおもしろさと、それを上手に利用
    してきた人間の知恵―科学のすばらしさとを描き出そうとしたものです。…
と述べて、科学読み物の一つの形を提言している。
 その後著者は『砂鉄とじしゃくのなぞ』(福音館科学の本・1979)を出している。この本も、同様の趣旨で、楽し
い読み物となっている。日本人としてこの〈福音館の科学シリーズ〉で書き下ろしの本を書いたのは板倉聖宣の
他に、加古里子、西脇正治、井尻正二、得田之久などある。
 この頃国土社が、主として戦前に書かれた名著、1600年、1700年代に書かれたヨーロッパの一流の研究者
たちが書いた読み物などを集めて、科学名著全集を刊行している。
 『少年少女科学名著全集 全20巻』 国土社 1964〜 
       解説 板倉聖宣、奥田教久、小原秀雄、
 『科学入門名著全集 全10巻』 国土社 1991年 板倉聖宣選
 『発明発見物語全集 全10巻』 国土社 1964〜
       板倉聖宣、岩城正夫、大沼正則、道家達将編集
いずれも、読み物として楽しく読める。このシリーズについては「科学読物研究」の「科学の本」でも取り上げてい
るし、別に竹内三郎のくわしい論文がある。(※2)
 なお、1973年から国土社では「常識より科学へ」というおもしろいシリーズを刊行している。

 ノンフィクションシリーズの内容よりも少し自然の観察に忠実な読み物に重点をおいた生態研究の読み物も、
地味ではあるがいくつか出版されてきている。これらはいずれも科学読み物として貴重な存在になっている。
それらについていくつか紹介したい。

 まずは1971年から発刊されだした〈動物の記録〉学習研究社がある。 『ホタルの歌』(原田一美1971)、
『アカウミガメの浜』(高橋厚1971)、 『テントウムシの誕生』(古出俊子1971)、『アマミノクロウサギ』 (岡本文良
1971)、『原生林のコウモリ』(遠藤公男1973) 『瀬戸内のカブトガニ』(土屋圭示1975)、等12点
 このシリーズの特徴は、そのほとんどが小中学校の現場の先生たちが子どもたちとともに地域の昆虫や動物
の生態についてくわしく調べていった記録が書かれていることである。
 ・山奥の、小さい小学校の先生である著者とその教え子たちが、3年間にわたって、ホタルの一生を研究し
  たときの記録読み物です。ホ  タルの光の美しさとふしぎさにひきつけられていく子どもたちの姿が、子
  どもとともに研究をすすめた先生の目をとおして、いきいきとえがかれています。(『ホタルの歌』)
 ・アカウミガメのなぞにいどんだ中学生たちの記録。ある時はてつ夜で、またある時はあらしをついて、4年
  間にわたって、観察をつづけた、徳島県日和佐中学校の生徒たちが、アカウミガメの生態を、つぎつぎと
  明らかにしていくようすをえがく。(『アカウミガメの浜』)
                                       (『アマミノクロウサギ』付属書評より)
とある。なかでも『ホタルの歌』は34刷りにもなっている。
 『原生林のコウモリ』を書いた遠藤公男さんも、岩手県の僻地の分校に勤務した小学校教員だった。
あるとき子どもが拾ってきたコウモリがきっかけで子どもたちとともにコウモリ研究に打ち込んでいく。
   「ところでみんなは、コウモリが鳥かものかわかるかい?」
    わたしが質問すると、子どもたちは顔を見合わせました。それからひとしきり、鳥だ、けものだと
    がやがやしていましたが、だれかがとつぜん大きな声でいいました。
   「しんちこ(オチンチン)があるもん、けものなんだす。」
    みんな、ゲラゲラと笑い出しました。どれどれとのぞいてみると、なるほど、小さなおすの生殖器
   がついています。
   「そんなら、めすだったらどうして見分けるか?」
    と、わたしは切り込みました。
   「おら、乳の大きなコウモリをとったことある。乳のある鳥ずものあるわけないがねえ。」
    また、みんなが笑い出しました。…   (本文)
このような子どもとの会話から始まったコウモリ研究が岩手の山奥でどんどんと深まっていく。コウモリの生
態研究途中のワクワクドキドキの気持ちがいたるところで出てくる。これらを読んだ読者は、身近にいる動
物でもこうして楽しく研究できることを知る。子どもたちに研究の楽しみを伝えるには十分の読み物である。
 次に特徴的なシリーズものとして金の星社の〈生きものばんざい〉がある。すべて吉原順平文・太田次郎
監修となっている。
 上記〈生きものばんざい〉と同じく1972年から、それぞれの動物専門の研究者にその研究成果を子ども
たちにもわかりやすく書いてもらい、科学読み物として出版を続けている大阪の出版社がある。文研出版
である。今は本社を東京に移しているが、営業主体は大阪にある。各社がカラー写真や挿し絵を多用した
科学読み物に移行している今でも、〈文研・科学の読み物〉として読み物中心の科学読み物を出版し続け
ている。1972 〜1979年まででは
 『はなれざるトド』(木村しゅうじ)、『太陽のひみつ』(日下実男)、 『ドロバチのアオムシがり』(岩田久二雄)、
 『セキレイの歌』(小笠原昭夫)など18点1980年代では 『みつばちの家族は50000びき』(大村光良)、
 『広がる宇宙のなぞ』(後藤剛)、『干潟のカニ・シオマネキ』(武田正倫)、
 『シマリスの冬越し作戦』(川道美枝子)、など10点、
1990年代では
 『イヌビワとコバチのやくそく』(浜島繁隆、鈴木達夫)
 『カブトガニからのメッセージ』(惣路紀通)、等4点、
2000年にも
 『森のスケーターヤマネ』(湊秋作)
が発刊されている。近年の出版点数は少ないものの、このような研究成果の感動的な話の研究読み物の出
版は他社にはほとんど例がない。

1989年から、偕成社からちよっとユニークな読み物を刊行しだした。
〈わたしの研究〉シリーズで、ごく身近な生きもののちょっとした疑問に研究の糸口を見つけ、実験を試みなが
ら追求していくようすを読み物にした本である。
 『イラガのマユのなぞ』(石井象二郎文) 1989
 『アリに知恵はあるか?』(石井象二郎) 1991
 『虫はなぜガラス窓をあるけるのか?』(石井象二郎) 1993
 『葉の裏で冬を生きぬくチョウ』(高柳芳恵) 1999 
等で、2001年6月までに8点が刊行されている。このペースでいうと一年に一冊というきわめてゆっくりとした
発行回数である。このシリーズも身近な生きものたちの観察や実験の記録が中心になっている。

 さて、こういう観察記録の読み物の代表はなんといっても「ファーブル昆虫記」であろう。1960年代からも完
訳として子ども向けの読み物としていくつか刊行されている。
 『少年少女ファーブル昆虫記』中村浩訳 福田豊四郎絵 
               1956〜(1969〜) 8巻 あかね書房
 『少年少女ファーブル昆虫記』古川晴男訳 1962〜6巻 偕成社
 『ファーブル昆虫記』八杉貞雄訳 1988 5巻 ポプラ社
 『ファーブル昆虫記』山田吉彦・林達夫訳 1989〜10巻 岩波書店
 『ファーブル昆虫記』奥本大三郎訳・解説 1991〜 8巻 集英社
 ファーブルの伝記を見ると、ファーブルはもともと博物学の専門家ではなく、小学校の教師をして以来、独学
で数学、物理の学士号をとったりして、数学や物理、化学、植物、農芸、天文、地質に関するものまでいろんな
分野の読み物を書いている。昆虫記を書き出したのは54歳からで、今で言う老後の楽しみとして昆虫記の執
筆に打ち込んだようだ。この昆虫記は8巻もあったりして、普通は途中で読み飽きてしまう。最後まで読む人は
かなり昆虫に興味のある人だと思う。わたしも、途中で投げ出した経験がある。
 上記の中でも、近年に出た奥本大三郎訳の本は読みやすい。奥本さん自身昆虫の専門家だし、解説や挿
し絵が単調なファーブルの文章をうまく補っている。 なお、ファーブルについては板倉聖宣のくわしい研究が
ある(※4)。

 『ファーブル昆虫記』と共によく引き合いに出されるのに『シートン動物記』がある。これも出版点数は多く、
野生に生きる動物の果敢な習性が大きな感動を与えているのもあり、かなりの子どもたちにも読まれている。
しかし、これらの作品はどちらかいえば人間との関わりで動物の個性が語られていて動物文学の領域に入る。

 なお、シートン自身は動物についてはくわしい観察を続け、動物学研究者としてくわしい研究資料も残している。
それらのことをまとめた本も翻訳されている(※7)が、児童書の体裁ではない。 もちろん、この『シートン動物記』
や椋鳩十の動物文学も、子どもたちを自然に近づける大きなきっかけになっていることは確かで、広義の科学読
み物ととらえてもよい。
 他に、出版数は少ないが、ダーウィンの『地球航海記』やジュール・ベルヌの『地底旅行』、『海底二万里』など、
よりリヤルに自然をとらえている科学読み物もある。  
                                                                     
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