論文 

   戦後の学年別算数読み物        (抜粋)

 

 先日、愛知の竹田美紀子さんから、ご自分の小学生だった頃の科学読み物の印象をE
メールで送って下さった。
 竹田さんは、今までに特に科学読み物について書かれたりしたことはなかった(と思う)。
その竹田さんが、私どもの発行しているこの『科学読物研究』を見られて、急にご子どもの
頃の楽しかった本との出会いが蘇ってこられたようだった。

◆再版・重版を重ねていた「おはなしさんすう」
 竹田さんの記憶によると「たのしく読もう考えよう」の学年別算数の本や「おはなし算数」
の学年別シリーズが楽しかったと書かれている。そこで、大阪府立国際児童文学館で検
索を試み何冊か借りて読んでみることにした。あいにく、いずれも研究図書で館内貸し出
しのみで持ち帰ることはできないので目次やいくつかの話をコピーして持ち帰ることにした。

 奥付など調べているとこれらの本はすべて同じで、重版、再版が重ねられていた。
最初に出たのは

  @『さんすう教室 たのしく読もう考えよう ○年生』
      矢野健太郎編 実業之日本社 昭和31年 初版発行 180円
で、執筆者は矢野健太郎、大矢真一、岩上行忠、堀尾青史、大野三郎、江田和子の
6人である。

この本が何刷りまで出たのかわからないが1964年に大改革されている。これの主たる理
由は指導要領の改訂によると思われる。 

 A『おはなし算数 ○年生』―たのしく読もう考えよう―
   矢野健太郎監修 実業之日本社 1964年 初版発行 350円
 この本は、1969年まで8刷りが行われている。表紙はぐっと親しみ易くなっているが、各
文の記述様式はほとんど変わっていない。内容的には、学年によって差し替えが少し行
われている。 この本は、1970年に大改訂が行われる。

B『おはなし算数 ○年生』―たのしく 読もう 考えようー
   矢野健太郎監修 実業之日本社 1970年 改訂初版発行390円 
ここでも指導要領の改訂に基づいて改訂が行われている。

 昭和31年(1956年)当初、この本のタイトルは「たのしく読もう考えよう」となっていたのに、
改訂のたびにその文字は小さくなり、「おはなし算数○年生」が強調されるようになったのも、
時代の流れだろうか。
 なお、これらの本の出版社が〈実業之日本社〉というのも、最初見たときは驚いた。実業之
日本社も今は経済・ビジネス関係の本以外に小説、女性誌、アウトドア・スポーツ誌、旅行誌
と多彩な本を出しているし、進路関係の教育書・雑誌なども出しているが、子どもの本の出版
社というイメージはなかった。
 どうして、この出版社がこの当時『おはなし算数○年生』(他に、『なぜだろうなぜかしら・理科の
学校○年生』、『おはなしりかあそび○年生』というシリーズも出していた)
の出版を続けていたのか、
これもなぞである。

 

◆やはり楽しい1956年版「おはなし算数」4年生
 竹田さんの子ども時代にわくわくさせたというこの「おはなし算数」には、どんな内容が入って
いるのだろうか。「おはなしさんすう4年生」で、1956年と1970年の違いを見てみよう。

1956年版の目次には

・大むかしの人の数のかぞえかた
 ・馬と牛、たんすとようかん

・さんすうの国のことば

・おもしろい三のかけざん

・+−=の発明

・九をかけると九にかえる

・時間のふしぎ

・かってざんねんな数学しあい

    …  …  …      
と、23題入っている。 それが1970年版「おはなし算数」4年生では
  ・ ゆめの数学
  ・コンピューター、どうぞ
  ・+−×÷=の発明

・ことばちがいで、数ちがい

・“和算の先祖”関和孝
  ・少数とうろん会
  ・ないた顔の立方体
   ・そろばん家族会議
     …  …  …
と、26題入って項目もかなり入れ替わっている。

 これらを比べてみると1956年版では「馬と牛、たんすとようかん」「さんすうの国のことば」
「かってざんねんな数学しあい」等いかにも楽しそうな項目が続く。これに比べて1970年代
のは、「コンピューターどうぞ」「和算の先祖・関和孝」「わりきれないわり算」など、いかにも
数学の話らしい項目が目立つ。
 竹田さんが楽しい思い出として読まれたのは、きっと1956年版だと思われる。

 以上の両者にはほぼ同じ内容の話が掲載されている場合もある。しかし、1956年版と、1970版
では、その中身が大きく代わっている。この両方の本に取り上げられている「+−=の発明」と
「+−×÷=の発明」の文章を比べてみよう。タイトル名からして、1970年版のは×÷が余分に入っ
ていてこみいってそうだ。

  このような学年別算数読み物としては、大日本図書から出されていた「おもしろい算数○年生」
もある。1〜3年生は大矢真一、黒田孝郎編集で今井誉次郎、中山信夫、星野芳郎等が執筆、
4〜6年生は大矢真一、黒田孝郎、遠山啓の編集で遠山啓、大矢真一、今井誉次郎、藤村幸
三郎、中山信夫等が執筆している。
 出版は1955年である。おそらく戦後の経験主義の教育に危機感をいだいた編集者たちがが
このシリーズを企画したものと推測される。各学年の「あとがき」に次のような文章が添えられ
ている。

 そのようなことから、低学年では話(童話)が中心になっていて、その中で算数的な問題が語ら
れている。例えば「おもしろい算数二年生」の目次には〈さるの みつけた もち〉〈うまの せの
 にもつ〉〈みつ子の にっき〉〈どうぶつたちの おみせやさん〉〈きた風 みなみ風〉等、まるで童
話集のような題がたくさん並んでいる。もちろん、中身は算数の問題になっている。そのほか、
〈ひもの ものさし 〉〈ふうとうつくり〉等の工作、〈よせざん あそび〉〈どっちが おおいか〉等の
ゲームもたくさん盛り込まれている。
 四年生以上には藤村幸三郎氏が執筆に加わって、算数パズルがいくつか取り入れられている。
また、遠山啓氏も加わって、数学の歴史や数学者の伝記などもかなり入れられている。

  これらの学年別シリーズは、書き手にとっては子どものイメージがはっきりとして書きやすか
ったであろうし、文章表現もより適切にすることができたと思う。また、子どもにとっては、自分は
○年生になったという学年意識も働いて本を読む動機が大きくなったのではないか、そして、本
の体裁も学年に応じて親しみ易く読み易かったのではないかと思われる。

検索および閲覧場所
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