82 2001年1月号
報知新聞1901年(明治34年)1月2、3日掲載の「二十世紀の豫言」全文
 十九世紀は既に去り人も世も共に二十世紀の新舞台に現はるヽことヽなりぬ、十九世紀に於ける世界の
進歩は頗る驚くべきものあり、形而下に於ては「蒸汽力時代」「電気力時代」の称ありまた形而上に於ては
「人道時代」「婦人時代」の名あることなるが更に歩を進めて二十世紀の社會は如何なる現象をか呈出
するべき、既に比三四十年間には仏國の小説家ジュール、ベハスの輩が二十世紀の豫言めきたる小説を
ものして讀者の喝采を博したることなるが若し十九世紀間進歩の勢力にして年と共にいよいよ増加せんか、
今日なほ不思議の惑問中に在るもの漸漸思議の領内に入り来ることなるべし、今や其大時期の冒頭に
立ちて遙かに未来を豫望するも亦た快ならずとせず、世界列強形勢の変動は先ずさし措きて暫く物質上の
進歩に就きて想像するに

▲無線電信及電話
マルコニー氏發明の無線電信は一層進歩して只だに電信のみならず無線電話は世界諸國に聯絡して
東京に在るものが倫敦紐育(注:ロンドン、ニューヨーク)にある友人と自由に對話することを得べし

▲遠距離の写眞
数十年の後欧洲の天に戦雲暗澹たることあらん時東京の新聞記者は編輯局にゐながら電気力によりて
其状況を早取写眞となすことを得べく而して其写眞は天然色を現象すべし

▲野獣の減亡
阿弗利加(注:アフリカ)の原野に到るも獅子虎鰐魚等の野獣を見ること能わず彼等は僅に大都會の
博物館に余命を継ぐべし

▲サハラ砂漠
サハラの大砂漠は漸次沃野に化し東半球の文明は漸々支那日本及び阿弗利加(注:アフリカ)に於て
獲達すぺし

▲七日間世界一週
十九世紀の未年に於て少くとも八十日間を要したりし世界一週は二十世紀末には七日を要すれば足ること
なるべくまた世界文明國の人民は男女を問はず必ず一回以上世界漫遊をなすに至らむ

▲空中軍艦空中砲台
チエツペリン式の空中船は大に發達して空中に軍艦漂ひ空中に修羅場を出現すべく従って空中に砲台
浮ぶの奇観を呈するに至らん

▲蚊及蚤の減亡
衛生事業進歩する結果蚊及蚤の類は漸次滅亡すぺし

▲暑寒知らず
新器機發明せられ暑寒を調和する為に適宜の空気を送り出すことを得べし阿弗利加(注:アフリカ)の進歩も
此為なるべし

▲植物と電気
電気力を以て野菜を成長することを得べく而して空豆は橙大となり菊牡丹薔薇は緑黒等の花を開くもの
あるべく北寒帯のグリーンランドに熱帯の植物成長するに至らん

▲人声十里に達す
傅声器の改良ありて十里の遠きを隔てたる男女互いに婉々たる情話をなすことを得べし

▲写眞電話
電話口には對話者の肖像出するの装置あるべし

▲買物便法
写眞電話によりて遠距離にある品物を鑑定し且つ賣買の契約を整へ其品物は地中鐵管の装置によりて
瞬時に落手することを得ん

▲電気の世界
薪炭石炭共に渇き電気之に代りて燃料となるべし

▲鐵道の速カ
十九世紀未に發明せられし葉巻煙草形の機関車は大成せられ列車は小家屋大にてあらゆる便利を備へ
乗客をして旅中にあるの感無からしむべくただに冬期室内を暖むるのみならず暑中には之に冷気を催すの
装置あるべく而して速力は通常一分時に二哩(注:マイル)急行ならぱ一時間百五十哩以上を進行し
東京神戸間は二時間半を要しまた今日四日半を要する紐育桑港(注:ニューヨーク、サンフランシスコ)間は
一昼夜にて通ずべしまた動力は勿論石炭を使用せざるを以て煤煙の汚水無くまた給水の為に停車すること
無かるべし

▲市街鐵道
馬車鐵てつ 道及鋼索鐵道の存在せしことは老人の昔話にのみ残り電気車及び圧搾空気車も大改良を
加へられて車輪はゴム製となり且つ文明國の大都會にては街路上を去りて空中及ぴ地中を走る

▲鐵道の聯絡
航海の便利至らざる無きと共に鐵道は五大洲を貫通して自由に通行するを得べし

▲暴風を防ぐ
気象上の観測術進歩して天災来らんとすることは一ケ月以前に豫測するを得べく天災中の最も恐るべき
暴風起らんとすれば大砲を空中に放ちて変じて雨となすを得べしされぱ二十世紀の後半期に至りては
難船海哨等の変無かるべしまた地震の動揺は免れざるも家屋道路の建築は能く其害を免るヽに適當
なるべし

▲人の身幹
運動術及び外科手術の効によりて人の身体は六尺以上に達す

▲医術の進歩
薬剤の飲用は止み電気針を以て苦痛無く局部に薬液を注射しまた顕微鏡とエッキス光線の發達によりて
病源を摘發して之に応急の治療を施すこと自由なるべしまた内科術の領分は十中八九まで外科術に移りて
後には肺結核の如きも肺臓を摘出して腐敗を防ぎバチルスを殺すことを得べし而して切開術は電気によるを
以て毫も苦痛を輿ふること無し

▲自動卓の世
馬車は廃せられ之に代ふるに自動車(注:この漢字には、おうともび一る、のルビ付き)は廉価に購ふことを
得ぺくまた軍用にも自転車及び自動車を以て馬に代ふることとなるべし従て馬なるものは僅かに好奇者に
よりて飼養せらるヽに至るべし

▲人と獣との會話自在
獣語の研究進歩して小學校に獣語科あり人と犬猫猿とは自由に對話することを得るに至り従て下女下男の
地位は多く犬によりて占められ犬が人の使に歩く世となるべし

▲幼稚園の廃止
人智は遺傳によりて大に發達し且つ家庭に無教育の人無きを以て幼稚園の用無く男女共に大學を
卒業せざれば一人前と見倣されざるにいたらむ

▲電気の輸送
日本は琵琶湖の水を用ひ米國はナイヤガラの瀑布によりて水カ電気を起して各々其全國内に輸送する
こととなる

以上の如くに算へ来らば到底俄に尽し難きを以て先づ我豫言も之に止め余は読者の想像に任す兎に
角二十世紀は奇異(注:この漢字には、うわんだ一、のルビ付き)の時代なるべし(了)

注:このページに掲載している100年前の新聞については、著作物の公表から年数を経過していること
などから、著作権法上の問題はとくにないという判断をいただいています。
 文章はなるべく原文のまま表示出来るようにしましたが、現代のJIS水準にない漢字もあるため、
その分は異体字の中で最も近いと思われる漢字を充当しました。
対応する現代漢字がない一部の文字についてはひらがなで表記しました。
当時の東京朝日、讀賣、報知の記事は、原則として全文ルビ付きですが、ここではルビは省略しました。



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