73 2003年12月号
太田府知事の超党派発言の真相

無党派で浮動票獲得の判断
府知事選は江本出馬で激戦 二転三転で記者団関係悪化

 来年2月1日は大阪知事選です。
太田房江・大阪府知事は、9月8日に出馬記者会見を行い、「政党に推薦は依頼しないが、支援はお願い
したい。
超党派で戦う」と発言。
さらに、「各政党と推薦を文書にしてお願いしない」と明言。
私どもに事前の話もなく、分かりにくい知事の発言に、その真意を訪ねました。
知事からは、「何らかの形で政党には支援要請をしなければと思っている」と釈明があり、記者会見とは
少し違うニュアンスでした。
この件は衆院選で中断。
 しかし、衆院選直後、知事側から支援要請文提出の働きかけがありました。
その矢先の11月13日朝刊で各社が江本孟紀氏出馬の報道。無風の知事選が一夜に激戦となりました。
その4日後の17日に知事が共産党を除く各政党に「支援要請書」を持参。
記者団は、江本氏が出馬したので支援要請したと映ったことでしょう。
内容が推薦依頼でなく「支援」となっており、私が「推薦依頼ではないのですか」と聞くと、知事は「支援
依頼は実質上の推薦依頼です」と表明。
ところが、直後の記者団のぶら下がりで、「推薦依頼でない」と言ったことから、また、一層混乱。
輪をかけて30日の自民党府連大会の挨拶で、知事が「推薦依頼」を明言。
終了後のぶら下がりで、また「推薦依頼でない」と発言したことから記者団が猛反発。
数時間後の臨時記者会見で、知事が発言を撤回、謝罪しました。知事の言い回しや言動が揺れ動いた
ことで、ますます府政記者団との信頼関係が最悪の状態です。
 知事が「超党派発言」した背景は、当時、対立候補は共産党候補だけの無風状態で、各地でも無党派
首長が誕生していたこと。
前回は、各政党に迷惑をかけたので、無党派ムードに乗れば、多くの浮動票が取り込め政党にも負担を
かけなくても済むのではないかと思ったのではないでしょうか。
 しかし、そのことが逆に、4年前に熱烈な支援をした人の心を踏みにじった結果となりました。
そのことに気付いた知事は、12月9日のわが会派の総会に出席され、「発言、言動が二転三転したことは
申し訳なく反省している」と謝罪されましたので、今までのことは不問としました。
 当初から政党無視の気持ちはなく、官僚の名残か自分の発言にこだわる性格と議会や記者団との
意思の疎通が原因と感じます。
4年間の行革など行政手腕は評価できます。
大阪の人情をもっと身につければ偉大な知事になるでしょう。


Copyright(C)2003 Kazuo Suzuki. All Rights Reserved.