科学読み物                    初版2002,3,10
 
       石でない〈石〉の話
 
1.石でない石って?
  「えっ!石ではない石なんてあるの?」「なにか、なぞなぞみたい。」とみなさんは
思うかもしれません。でも、〈石でない石〉があるのです。それはいったい、どんな石で
しょうか。
 石(岩石)は、ふつう地下のマグマが地表に出たりして、その温度が冷えてできた
ものです。ですから、石(岩石)はマグマの中にあるいくつかの鉱物がかたまってで
きています。その小さな鉱物のほとんどは結晶になっていますが、急に温度が冷え
たりすると結晶しないでガラスのような姿で出てくることもあります。
 たとえば、花崗岩は石英や長石、雲母など
の鉱物がもとにできています。玄武岩、安山      花崗岩
岩などと呼ばれている石は輝石とか角閃石
という鉱物が入っています。
 (岩石をうすくうすくして、偏光顕微鏡という特別な顕微鏡で見ると、それぞれ
  の結晶がとてもきれいに見えます。二枚の偏光板にはさんでも見えます。)
 ところが、石(岩石)と呼ばれているものの中には、そのようなマグマの中の鉱物
からできたものでないものがあります。
 こんな実験をしてみます。近くでいくつかの石ころを拾ってきて、それぞれの石にサ
ンポールをかけてみます。サンポールは酸性の液で鉄もとかします。みなさんが拾っ
てきた石には泡だったりした石はありましたか。
 次に、先生が持ってきた石にサンポールをかけてみます。どうなるでしょう。みごとに
泡が立ちました。この石をしばらくそのままにしておくと、小さな石はとけて消えてしまい
ます。とけたものはどこにいったのでしょうか。じつは、二酸化炭素という気体に変化し
てしまったのです。
 先生の持ってきたこの石は石灰岩といいます。この石はふつうの岩石のようにマグマ
からできた石ではなく海の中でできた石です。炭酸カルシュウム(CaCO
3)というもので
できています。これは、海水中のカルシュウム(Ca)と二酸化炭素(CO
2)が結びついて
できたものです。
 この石灰岩のように、マグマから出来たものでない石(岩石)はもう一つあります。そ
れはチャートという硬い石です。チャートは放散虫という生きものの体がもとになってで
きています。その成分は珪酸(SiO
2)です。チャートはかたくて塩酸にもとけません。
 岩石と呼ばれているものの中でも、この石灰岩とチャートは生物がもとになった石なの
で、マグマからできたふつうの石(岩石)とは区別して〈生きものから生まれた石―生物
起源の石〉と呼ばれています。
 
 2.サンゴ礁生まれの石灰岩 
 石灰岩は最初は海水中のカルシュウムと二酸化炭素が結びついて、炭酸カルシュウム
として海底にたまったりしていました。しかし、その活動をもっと活発にする生きものが出て
きました。それがサンゴ虫などの小さな生きものです。これらの生きものは、海水中のカル
シュウムと二酸化炭素をどんどん取り入れて自分の体をつくっていくのです。広いサンゴ礁
はそのようにしてできたものです。
 サンゴ虫は海の中ならどこにでもいるわけではありません。サンゴ虫が増えるには暖か
い海中で、しかも、空気とふれあうことができる浅い海です。そのような場所はどこにある
でしょうか。現在では熱帯から亜熱帯にかけての水のきれいな海です。日本では沖縄県
や鹿児島県、それに黒潮がおしよせている高知県、和歌山県の一部の海岸にあります。
 さて、サンゴ虫のようなカルシュームで体をつくっている生きものは海の中にはたくさんい
ます。普通の貝類もそうですが、貝よりももっともっと小さな生きものもいます。星砂としてよ
くよく沖縄
の海岸でみられる有孔虫と言われている生きものもそ    星砂
うです。もっと古い時代にはフズリナ(紡錘虫)、ウミ
ユリ、層孔虫などという生きものもいました。
 現在の石灰岩の多くは、サンゴ礁のすき間をこの小さな生きものが埋めてかたい岩石に
なったと考えられいすます。ですから、石灰岩を見ていると、しばしばそれらの生きものの
が化石となって見られます。
 
  サンゴ、有孔虫、フズリナ、ウミユリ、などの化石写真
 
 
 
3.秋吉台のなぞ
 福岡県の平尾台、山口県の秋吉台、広島県の帝釈峡、高知県の龍河洞などは石灰岩で
できた観光地です。ほかにも岡山県、岐阜県、埼玉県、岩手県などにも石灰岩の大きな台
地が見られます。いずれも、これらの石灰岩は数億年も昔にできたものであることがわか
っています。しかし、沖縄県には50万年ぐらい前にできた新しい石灰岩がたくさんあります。
久米島などは島全体が石灰岩でできています。
 ところで、暖かい海(水温25〜29度 )でできるサンゴ礁の石灰岩が、今の日本列島の中
に出ていることは不思議ではありませんか。今の日本列島のあるところは、大昔は熱帯の
海だったのでしょうか。そのなぞが山口県にある秋吉台の研究でだんだんと明らかになっ
てきました。
 
 山口県のほぼまん中に秋吉台という日本では一番大
きな石灰岩の台地が広がっています。ここに秋吉台科    地図
学博物館があります。秋吉台にやってくる人たちに、
秋吉台の自然について説明したり、標本の展示などをしたりするところです。この博物館に
1960年から勤めていた太田正道さんは、広い秋吉台にある石灰岩の化石をたくさん調べ
ました。するとふしぎなことに、出てくる化石の種類が場所によって大きくちがうのです。サ
ンゴの化石がたくさん見られるところがあったりフズリナという小さな化石がたく見られるとこ
ろがあるのです。ある日太田さんは、秋吉台は一つの大きなサンゴ礁のあとではないかと
予想したのです。サンゴ礁の外側にはサンゴがよく発達し、内側はフズリナなどの小さな生き
ものがよく育つからです。秋吉台の化石をみているとそのようにみえるからです。
 太田さんはついにサンゴ礁の一部がそのままの姿で残っている場所を見つけたのです。
そこで、「秋吉台は大昔のサンゴ礁のあとだ」と確信したのです。大昔と言っても約3億年も
前のことです。
 ところが、秋吉台ではなぞの石灰岩が見つかっていました。1923年、まだ大学生だった小
沢儀明さんは、地層の上と
下がひっくり返っている石灰岩の層を発見し     地層逆転図
ていたのです。新しい石灰岩の上に古い石灰
岩がのっているのです。ふつうからいうと古い石灰岩があって、その上に新しい石灰岩がで
きてくるはずです。みなさんはこのなぞをどのように考えるでしょうか。
 その後のたくさんの人たちの研究の結果、次のようなことがだんだんとわかってきました。
 1.場所によってサンゴ礁の姿が残っているところとバラバラにこわれた石灰岩が積
   もっているところがある、
 2.秋吉台の北部の化石の方が南部の化石より古い。
 3.サンゴ礁の土台になっているもとの岩石に、深い海で出来る海底火山の溶岩がみ
   つかっている。 
 4.南の深海の暖かい海底でしかできないといわれているチャートの地層も日本各地
   に出ている。
 一方、そのころから次のような考え方が世界の科学者の中で認められるようになって
きました。
 「地球上は大きなプレートと呼ばれる板に分かれてる。そのなかでフィリピンプレートと
呼ばれるプレートが年に5cmぐらいの速さで日本に向かって動いている。こう考えると、
秋吉台の石灰岩も、南の海のサン
ゴ礁石灰岩が日本列島にたどりつ      プレートの移動図
いたと考えてもおかしくはない。
もし、そうだとしたら、大きなサ
ンゴ礁が日本にぶつかって、その
サンゴ礁がばらばらにこわされて、ときには大きなブロックになって今の秋吉台にあると
いっても不思議ではない。秋吉台の石灰岩の古い層が上にあるのもそのためではないか。
 みなさんはこの考えをどう思うでしょうか。
 
4.なだらかな岩肌と洞窟
 これは、秋吉台の写真です。
大きな平原にたくさんの石灰岩が      ドリーネの写真
顔を出しています。ところがよく
その石の表面を見ると、なにかに
とかされたような縦のすじがたくさん入っています。
 そうです。この石灰岩は雨水にも少しずつとけるのです。雨水の中には空気中の二酸
化炭素がとけていて、弱い炭酸水になっているのです。石灰岩は、塩酸にとけたように、
弱い炭酸水にも少しずつとけるのです。
 秋吉台は上から見ると川はありません。降った雨は、に少しずつ石灰岩の割れ目から
地下にしみこみます。そして、やがて地下に大きな川をつくっているのです。
 秋吉台や龍河洞など、石灰岩のある所に      洞窟の図
行くとたいてい、大きな洞窟があります。
昔の人々はこの洞窟を住居として生活し
ていました。これらの洞窟は、昔の石灰岩の地下の川が、その後になって陸地になった
ために、今は洞窟となって外に現れているのです。
 この洞窟の中に入るとまた図のような奇妙
な柱のようなものがたくさんぶら下がってい     鍾乳石
るのにびっくりします。さらに下からも柱の     石筍、石柱
ようにつきあがっています。これは、いった
いどうしてできたのでしょうか。
 じつは、地下にある水はたくさんの石灰分をとかしているために、上からしずくとして落ち
ていると、こんどは水に溶けていた石灰分が表に出てしまうのです。そして、積もり積もっ
て柱のような形になっていくのです。
積もっていく速さは100年に数センチとか言われています。何十メートルもある柱はいった
いどれほどの年月がかかっているか気の遠くなる話です。
 
5.二酸化炭素と石灰岩
 「わたしたち人類が今こうしてこの地球上にいられるのは、石灰岩を作ってきたサン
  ゴ虫などのおかげだ」
というと、みなさんは信じるでしょうか。
 「別にサンゴなんてなくても生きておれるよ」
というかもしれません。
 
 この話を進めるにはまず地球誕生の話からしなくてはなりません。この地球が、この太
陽系の一つとして誕生したときは、この地球のまわりにあった気体は窒素と水蒸気と二
酸化炭素だけでした。その時の二酸化炭素の量は、今の地球の空気中にある二酸化
炭素の量の20万倍もあったそうです。もし、そのままこの二酸化炭素がこの空気中に
あったとしたら、地球も金星のようにその温室効果のために熱い熱い星になっていたに
ちがいありません。とても生きものなどすめる環境ではありません。
 ところがこの地球はありがたいことに、誕生の後、どんどん二酸化炭素が少なくなって
いったのです。それはどうしてでしょうか。
 初め地球上をおおっていた水蒸気は海になり、その海に二酸化炭素がとけ出したの
です。そして、その海の二酸化炭素は海水中のカルシュウムと一緒になって炭酸カルシ
ュウムを作り出したのです。その炭酸カルシュウムが実は石灰岩の始まりです。
 地球が誕生して数十億年もすると、やがて海水中に、その炭酸カルシュウムを体にと
りこんで生きている生きものが出てきました。その代表的な生きものがサンゴ虫です。
 サンゴ虫は地球の暖かい海水中でどんどん成長しました。それにつれて、空気中の二
酸化炭素はたくさん海水中にとけていったのです。サンゴ虫がどんどん二酸化炭素をとり
こんでサンゴ礁を作ったおかげで、地球上の二酸化炭素の量はぐんぐん少なくなりました。
 今、世界中にたくさん広がっている石灰
岩は、じつは地球上の二酸化炭素を閉じこ     サンゴの図
めている石なのです。この石灰岩のおかげ
で、わたしたちの地球上の二酸化炭素はう
んと少なくなりわたしたちの生命も芽生えることができたのです。もちろん、そのときに酸
素を生み出すらん藻という生き物も現れていたことも大切なことです。
 
 ここでもう一度石灰岩をとかす実験をしてみましょう。大きなポリ袋に細かくくだいた石灰
岩を入れます。そこに、
サンポールの液を約100ccほど入れてみま
す。やがて、袋のそこからいっぱい二酸化      実験の図
炭素が出てくるのがわかるでしょう。少し
の石灰岩にもこれだけの二酸化炭素をと
じこめているのです。
 このように見ていくと、石灰岩は長い長い地球の歴史の中で二酸化炭素をたくさん取り
込んで、地球上の生命体を守ってきた大切な石といえるのではないでしょうか。
                             2002,3,9
 
 
  参考図書
  沖村雄二『石灰岩』地学団体研究会、『日本の地質』岩波地球科学15、庫本正『洞窟にいどむ』福音館書店、
沖村雄二『サンゴ礁のなぞ』青木書店、白井祥平『サンゴ礁の科学』新星図書出版、庫本正『さぐろう秋吉台の3億年』
大日本図書、NHK『地球大紀行2』、NHK『新地球物語1』、木崎甲子郎『琉球の自然史』築地書館、神谷厚昭『琉球列
島のおいたち』新星図書出版、山口地学会篇『山口県の岩石図鑑』第一学習社、日本古生物学会篇『化石の科学』朝
倉書店


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