2002,5,31
          石 灰 岩  (第3版)
             写真・挿し絵除く
                                      西 村 寿 雄 
   ◆海で生まれた〈サンゴの岩〉
 
 秀夫くんの家に、りかさん、えみさん、工作くんの3人が遊びに来ています。秀夫くんが
小さな石を自分の部屋から持ち出してきてみんなに見せています。
 
  秀夫 ねえねえ、石ってふつうは地球のマグマからできるものだよね。だ
   けど、この石は生き物からできた石なんだよ。
  えみ そんなのあるの? 生き物から石ができるなんて変なの。
  りか わかった、それはなにかの化石でしょ?
  秀夫 そう、このちいさな模様は大昔に海の中にすんでいた小さな生き物
       の化石だよ。そして、この石は石灰岩って言うんだ。3億年も前に
       サンゴ礁でできたんだって、父さんが言ってた。うちの父さん、山
      口県にある秋吉台(
あきよしだい)の近くで拾ってきたんだ。
  工作 この石灰岩はマグマからできてないの?
  りか 花崗岩(かこうがん)みたいに鉱物(こうぶつ)でできていないのね。
  えみ 石灰岩って、サンゴ礁(しょう)だけでできるの?
  秀夫 海の中にいる小さな生き物も集まってできた石だとと父さ
      んが言ってた。海の中には炭酸カルシュウムで出来た小さ 
      な生き物もたくさんいるんだって。                                         
  工作 そうか、小さな生き物の体もサンゴの体と同じ炭酸カルシュウムで
      できているのか。
  りか わたしたちの体の骨も炭酸(たんさん)カルシュームでできているんでしょ。こ
      の石とわたしたちの体と同じってこと?
 
(お父さんが帰ってこられる)
  父  おお、みんな遊びに来ているんだね。
  工作 今、秀夫君がこの石灰岩はサンゴ礁でできた石と言っていたんだけ
      どサンゴがどうしてこんな
に硬い石になるのですか。
  父  海の中にはカルシュウムがたくさんあるね。そのカルシュウムが海 
     水中の二酸化炭素が結(
むす)びついて炭酸カルシュウムができるんだよ。
     それが、ちょうどサンゴ礁の間をつめるセメントの働きをするのだね。
 秀夫 そうか、炭酸カルシュウムで体を作っているサンゴ虫がサンゴ礁を 
     つくり、そのすきまを細かい細かい炭酸カルシュウムがつめて、硬 
     い硬い石になるというわけか。それが、この石灰岩か。
 えみ そんなことで、こんなにかたくなるの不思議ね。
  りか どんなものでも、細かい細かい粘土状(ねんどじょう)になるとよくくっつくものね。
工作 でも、この石を見ただけで石灰岩ってどうしてわかるの?こんな白 
    い石はほかにもあるのに。
 
(父さん、物置からサンポールというトイレ掃除用の液を持って来られる。)
  父  ちょっと、こんな実験をしてみよう。これはサンポールといってト 
     イレ掃除の時に使う洗浄液だよ。
 りか あっ、酸性(さんせい)タイプとか書いてある。塩酸(えんさん)と同じね。
 父  ここにいくつかの石を持ってきたよ。これに、サンポールをかけて 
    みよう。どの石がどうなるか見ててね。
 えみ あっ、石灰岩の石から泡(あわ)が出てきた。どうして。
 工作 サンポールに石灰岩がとけているんだよ。そうか、小学校の時、二 
     酸化炭素を発生させるのに白い粒の石を使ったあれと同じか。
 秀夫 なるほど、こうして泡の出るのが石灰岩、出ないのがマグマからの
     岩石っていうことか。
 父  そういうことだね。
     こんどは問題だよ。その石灰岩の小さな粒5,6個をペットボトルに入れて、
     そこに少しサンポー
ル注いでみるとどれぐらいのあわが出ると思う?
       ア、あわが口からあふれる
       イ、あわは中ほどまで出る
       ウ、あわは少しだけ出る
     さあ、どうだろう。やってみよう。       
えみ わあ、すごいすごい。どんどん泡が出てくる。
りか 大昔の海で出来た炭酸カルシュームが今ここ
   で二酸化炭素(にさんかたんそ)とカルシュウムに分解(ぶんかい)されてい
   るのね。何億年前の二酸化炭素が今ここで出ているんだわ。感激(かんげき)! 
工作 石灰石ってこんなにもたくさん二酸化炭素を持っ   ていてくれたのか。             
秀夫 この前父さんが言ってたね、この石灰岩のおかげで、ぼくたち人間  
    もこうして地球上におれるんだって。
えみ どういうこと?この石のおかげで今のわたしたち生きていられると  
     いうの? 別にこの石がなくてもわたしたち平気よ。
父  この石のおかげで地球上の二酸化炭素がぐっとへったんだよ。その
   おかげで灼熱(
しゃくねつ)の原始地球がちょうど良い温度になったんだね。そ 
   のあとに酸素も出てきて、いろんな生き物が地球上に生まれるよう 
   になったというわけだ。
工作 なるほど、石灰岩のおかげか。
英夫 石灰岩は弱い酸でも少しずつとけると聞いたよ。雨水などには少し 
    は酸(
さん)がとけているので、石灰岩も長い間には雨水にもとけるって。
えみ え、じゃこの石灰岩は自然にとけることがあるの? 
父  その通りだよ。この間わたしが行ってきた秋吉台というところは石 
    灰岩の台地なんだけれど、その地下には大きな洞窟(
どうくつ)がたくさんある
   んだよ。長い長い間に、石灰岩が雨水でとけて穴がだんだんと大き 
   くなって、地下の川ができたりしたんだね。
   それが、今、洞窟になっているんだよ。その中に人も入れるように
   なって観光の名所になっているよ。
父  これはおみやげで買ったんだけど、洞窟の中にはこん
   なものがたくさんできているんだよ。鍾乳石(しょうにゅうせき)って
   言うけどね。これは地下にできた石灰石のつららだよ。  
   地下水がしたたり落ちて、今度は、中にとけていた炭
   酸カルシュームが出てきてかたまってできたものだ。 
えみ そういえば、わたしこんなの学校で見たよ。天井のふ  
   ちにちっちゃなのが何本もぶら下がっていたよ。あれ
   って、コンクリートがとけて固(かた)まったのね。 
秀夫 そうか。酸性の雨水がコンクリートをとかして、またコンクリート 
   を作っているのか。
 
えみ あっ、この石灰岩には何か模様があるよ!
秀夫 これって、何かの化石って、父さんこの前言ってたね。
えみ これが生きもの化石? ずいぶん小さい生きものね。
りか 大昔の海の中には、こんな小さな生き物がたくさんすんでいたんだ。
工作 そんなのがこの石に取り込まれているのか。
父  秀夫、こんどの連休に、みんな秋吉台に連れていってあげよう。
   どうだ、みんなも、行く?
みんな うれしいー。行きたい、行きたい。楽しみにしていよう。
                       

   ◆秋吉台のなぞ               
 きょうはいい天気です。秀夫君と工作くん、えみ
さん、りかさんの4人は、秀夫くんのお父さんにつ
れられて、秋吉台と秋芳洞(しゅうほうどう)見学にやってきました。秋芳洞というのは、
秋吉台の地下に出来た大きな洞
窟です。
 
父  やっと着いたね。ここは秋吉台
   のほぼ真ん中だよ。  
    えみ わあっ広い草原、気持ちいい。
   白い石がぽこぽこと出ていてお
   墓みたいよ。
秀夫 ちがうよ、あれが石灰岩地帯に
   よくある石灰岩の柱だよ。こん
   なのをカルスト台地と呼ばれているんだ。
えみ もっと岩の近くによってみよう。なんだか水の流れたあとがある。
工作 ほんとだ。岩肌(はだ)もすべすべしている。
父  みんな、ちょっと全体の地形を眺(なが)めてごらんよ。
えみ 丘がいくつもつも続いて、波のうねりのように見える。 
父  そう、そのうねりの低いところはどうなっている?
工作 ああ、何か柵(さく)がしてあるよ。ずっと低くなっていてすいこまれそう。
秀夫 ここがドリーネだね。      
りか 何?そのドリーネというのは。
秀夫 石灰岩が所々でくぼんでいてそこから下に水なんかが落ちているんだ。
父  そうね、だからこの広い秋吉台には川がないのだよ。ときどきこの穴に人や動
    物が落ち込むことがあるんだって。     
りか ひょっとして、その下が洞窟なの?
父  そういうことになるね。みんな、あそこに白い建物が見えるだろ。 
   あそこが秋吉台科学博物館だ。ちょっと寄ってみよう。
 
(博物館の中で)
えみ たくさんの動物の標本もあるわ。シカやイノシシの骨もある。
りか 昔はこの秋吉台にはトラやヒョウ、ゾウもいたんだって。
工作 うわあー。ここにはたくさんの石の標本があるね。
秀夫 これ、これが石灰岩にある化石なんだよね。
父  よく見つけたね。ここの石灰岩を作るもとになったサンゴの化石も
    あるね。この放射状(
ほうしゃじょう)の形がサンゴだね。
   この小さなのがフズリナという生き物の化石だよ。
りか ここには、「紡錘虫」って書いてある。小さいけれど糸つむぎの形をしてい
    るんだ
えみ  フズリナのうず巻き模様がきれいね。 
                        
  父  今から、集会室で秋吉台についての話があるみたい。聞いてみよう。
 
(学芸員のおじさんの話)
 この秋吉台に出てくる化石を調べていくと、場所によって、新しい地層の上に古い
 地層がのっていること
がわかりました。ふつうは、古い地層の上に新しい地層が
 のってくるはずです。「どうして古い地層と新しい地層が上下逆(
ぎゃく)になっている
 んだろう」と長い間、科学者の中で議論が続いていました。 
    しかし、いろいろな観察の様子をまとめてみると
 1,秋吉台の北にある化石は南の化石より古い。
 2,深海でしかできない海底火山の溶岩が秋吉台にもある。
 ことがわかってきました。さらに、地球はいくつかのプレートに分かれていて、日本
 列島にも、 南からいくつかのプレートが押してきていることがわかっています。こ
 れらのことから、この秋吉台の石灰岩も、はるか南の海でできたものが、日本近く
 にまでやってきたのではないかと、今の科学者は考えています。
 
えみ えー。ここの石灰岩は南の海から来た岩なの?ロマンを感じるわ。
秀夫 プレートテクトニクスという考えだよ。ほら、地球の表面がいくつかのプレート
    に分かれていて、その一つが日本海溝(
かいこう)に沈み込んでいるっていう考
    えだよ。
りか この石灰岩はそのプレートにのって、南の太平洋から日本にまでやってきた
    岩ってことね。
工作 でも、そんなに簡単にプレートが動いているのかな。こんなにかたい地球の
    表面が動いているのなんて信じられないよ。
父  科学者たちが調べたところによると、1年に5cmから10cmも動いているという
    ことだよ。
えみ そうよ。あのハワイもいつかは日本にやってくるってどこかで聞いたわ。ひょ
    うたん島みたいね。なんだか楽しそう。
 
(学芸員のおじさんの話の続き) 
 はじめに言いましたように、ここの地層がところどころで上下逆になっているのは、
 きっと、日本列島に地層がぶつかったときにひっくり返ったのではないかということ
 です。どうでしょうか。
えみ そんなに簡単に地層がひっくり返るの?
秀夫 でも、長い年月の間にはそういうことも起こるかもね。
 
(博物館の近くから、エレベータで地下の洞窟(どうくつ)・秋芳洞に入る)
えみ うわー。すごくひんやりしてきた。洞窟になんか入って大丈夫?
父  これから行くところは大丈夫だよ。この秋吉台には400以上もの洞窟がある
    ってことだよ。今も探検が続いているんだね。
りか この地下は迷路(めいろ)みたいになっているのか。
工作 うわーすごい。柱みたいなのがいっぱい。
秀夫 これが鍾乳石(しょうにゅうせき)っていうものなんだ。それから、ほら、この下にある
    盛り上がったのが
石筍(せきじゅん)だ。
えみ 水が落ちてつるつるしている。気持ちいい! りか そうか。これが、水に溶け
    た石灰水が少しず つ蒸発して、とけていた炭酸カルシュームが
また出てき
    たのね。
父  そうなんだよ。一度、雨水でとけた炭酸カルシュームがまた固体になっ出て
    いるんだね。
工作 これは石柱(せきちゅう)だ。炭酸カルシュームが少しずつ表面にくっついて成長
    していくのか。これができるのに何万年もかかるだろうな。
父  大きいのだと何十万年もかかっているんだよ。
えみ それにこれ、きれいねー。まるで滝の流れみたい。「くらげの滝のぼり」って
    書いてある。
 おもしろい名前、フッフッフ。
りか うわー。今度は広い所に出てきたよ。 こんなに広くても洞窟なのね。
えみ あれ!まるで段々畑みたい。「百枚皿」って書いてあるよ。なるほど何枚も
    お皿が重なっているみたいね。
秀夫 ここは、ゆるやかな斜面を水が流れているからこんな形で炭酸カルシューム
    が積もったんだ。
工作 川の水も多くなってきたよ。洞窟の中もこんなに水が流れている。
父  そうだね。今いるこ の洞窟もかつては地下の川だったからね。
りか やっと外に出るよ。昔の人はこんな洞窟を住まいにしていたと本で読んだこと
    あるわ。 
えみ コウモリなんかもねぐらにしているよね。
 
(おみやげ屋さん通り)
えみ たくさんのおみやげ屋さんがあるよ。きれいな鉱物の標本も並べてあるわ。
    水晶(
すいしょう)とこれ、何?何?「黄鉄鉱(おうてっこう)」と書いてある。
父  たいていは外国から持ち込んだ標本(ひょうほん)で、高い値段だろう。
   いいところを案内してあげよう。少し向こうにある石材屋(せきざいや)さんだ。 こ
   こは、この近くの石灰岩を加工している所なんだ。中には化石の入った石も
    あるからよくさがすといいよ。
工作 あっ。この石、なにやら化石が入っている。
秀夫 これはウミユリっていうのだよ、ぼくの図鑑に出ているよ。ほら、見てごらん。
    ほかにフズリナっていう米粒(
こめつぶ)みたいな小さな虫の化石もあるよ、きっと。
りか 秀夫くん、これってフズリナじゃない?
   わたし、これを買っちゃお。きれいな模様も出ている。
秀夫 大きなフズリナだ。たくさんあるね。
りか うわー、ラッキー。
えみ わたしはこれにしよう。つるっとしていてとても手ざわりがいい。これって鍾乳
    石だわ。
父  みんないろいろ見つけたね。おみやげにまとめて買ってあげるよ。
みんな うれしいー。ありがとうございます。 
父  そろそろバスセンターに行こうか。もうすぐ出発の時間だよ。
 
(バスの中)
秀夫 きょうはいっぱい見れてよかったよ、父さん。
えみ 美しい景色に、なんたってすごい洞窟、感激したわ。
工作 こんな石灰岩の台地って、日本にはほかにもあるのですか?。
父  日本にはたくさんあるよ。広島県の帝釈峡(たいしゃくきょう)や、高知県の龍河洞
    (
りゅうがどう) が有名だね。他に、福岡県、岐阜県、宮城県などにもあるよ。
   そうだ、島全体が石灰岩という所もあるよ。どこだかわかる?
りか 暖かい地方だよ、きっと。
工作 というと、わかった、沖縄県だ。
父  そう、沖縄県はほとんど石灰岩の島なんだよ。ただ、沖縄(おきなわ)の石灰岩
    は琉球(
りゅうきゅう)石灰岩と言って、山口県の石灰岩よりずっと新しい時代の
    石灰岩だよ。それから、沖縄県の海岸には白い砂浜が多いね。あれはほ
    とんどサンゴのかけらだよ。そこにも見られる、星の形をした 〈星砂〉とい
    うつぶつぶは有孔虫(
ゆうこうちゅう)という生き物の死骸(しがい)なんだよ。これな
    んかも炭酸カルシュームで
できているんだね。          
えみ あーあ。今度は沖縄に行ってみたい。     
                  
                       (終わり)

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