日本理科教育学会近畿支部大会発表要旨                 1994,10,3

         仮説実験授業における 原子論的認識論(1)

                        ○ 西村寿雄
                   大阪府寝屋川市立三井小学校

              (仮説実験授業、認識論、学習論、教材論)  

 

 仮説実験授業は、1963年に板倉聖宣氏によって提唱された科学教育論であり、提唱さ
れて30年以上を経過している。当初、ごく一部の私立学校や公立学校を中心に実験的試
みが重ねられていたが、現在では数万人の教員に実施されていると推定される。だいたい、
仮説実験授業を実施する人が初めに使用する『仮説実験授業のABC』(仮説社)の累積
発行部数は3万部を越えている。

 仮説実験授業は、「科学上の最も基本的な概念や原理・原則を教えるということを意図し
た授業」(1)であり、「科学的認識は、対象に対して目的意識的に問いかけるという意味にお
ける『実験』を通してのみ成立する」「科学的認識は社会的なものである」(1)という考えにも
とづいて授業が組み立てられている。また、授業書をもとに授業をする方法をとることにより、
授業における法則性を見つけだし、授業科学としての位置づけも確立している。以上の内
容を要約すると、仮説実験授業は科学上の基本概念を教えるという内容論(教材論)と、
学的認識のすばらしさ、楽しさを教えるという認識論(授業論)の両方によって構成されて
いると言える。

 今回は、その内容論に焦点を当てて、実践上の成果を追跡したい。

  仮説実験授業が、《科学上の最も基本的な概念や原理・原則を教えるということ》を意図
している以上、その中身が問題である。仮説実験授業では、究極にはほとんどの授業書(教
材)が原子論的な自然観で貫かれていると言える。自然科学の領域はもとより、社会科学の
授業書も原子論的な視点で構成されている。そのような根拠について板倉聖宣氏は

  「原子(粒子)とその運動の考え方は、それよりずっと以前から、科学研究のための導き
   の糸でした。すぐれた科学者たちは、この自然界がすべて原子ー粒子ーの運動からな
   るものと、頭にイメージを描いて研究をすすめてきたのです。」
  「“原子論から見た力学"というような試みは、 初等的な物理の内容をおしつけるのでは
   なく、ナチュラルな自然認識の発展をはかるためにぜひ必要であると言えます。
  そして、それと同時に、最近さかんに言われるようになってきた科学教育の現代化に通
  じるものだ、ということもできるでしょう。」  (2)

と、原子分子概念の早期からの導入の必要性を説いておられる。

 ところで、仮説実験授業の授業書の多くは、子ども達が分子原子のイメージで原理原則を
考えていくことの有効性を会得するように構成されているが、その最も基本となる授業書に
『もしも、原子が見えたなら』がある。この授業書は、まさに表題のとおりで、もしもこの空気
中の原子が見えたならという想定で楽しく原子の世界を空想することをねらいとして作られ
た授業書である。
  当初、小学校高学年ぐらいからこの授業が実施され出したが、子ども達の喜びは予想外
に大きく、ついに、小学1年生にまで楽しい授業が成立することが証明されている。わたしの
手元にある『もしも原子が見えたなら』の授業記録及び感想文だけでも17クラス分ある。実
際には、小学校1年から6年までの多くの学校で実施されており、いずれも子ども達に大変
歓迎されている。そのいくつかの例をあげる。  

  感想文1    寝屋川市立明徳小学校6年 1973年9月 (西村寿雄学級)
    「空気の中にあんなにたくさんの気体がまじっているなんてびっくりした。窒素、酸
     素、水素、塩素、二酸化炭素、水の分子、アルゴン、ネオン、ヘリウム、硫黄、二
    酸化硫黄、一酸化炭素、二酸化窒素、などがふくまれているなんて。それも、みん
    な目に見えない気体。それらがすごいスピードで跳びまわっている。

     分子、分子というけれど、いったいなんだろう。物でもないし、生き物でもないよ
     うだ。自分たちで、とびまわりぶつかりひっついたりする。不思議だなあ。」(女) 

    感想文2    昭島市つつじが丘北小学校1年 1988年9月(伊藤 恵学級) 
     「かわいい分子・原子があるから、わたしは《空気》が大好きです。」(女)
     「もうちょっと原子とかのことを知りたい!また、空気中のとこじゃない、原子の
      形は、どんな形だろう。そのことを知りたい!」(女)
     「きのう、分子のゆめを見た。窒素と酸素がたくさん飛んでいた。右をみたら、窒素
     分子がいきなりぶつかった。よく見ると水の分子だった。」(男)

   感想文3    寝屋川市立三井小学校6年 1994年5月 (坂野玲子学級)
    「自分たちに悪い原子やなくなっては生きていけない分子や原子のことをいっぱい知 
    りました。 こんな物が毎日毎日すごいスピードで跳び回って自分たちにもぶつかっ 
    ていると思うと、 ぼうぜんとしました。 もう少しこの勉強をしたいと思いました。」(男)

 早くから仮説実験授業を実施されてきた平林浩氏は
 「科学というものは、 結局は想像力が豊かでなくてはどうにもならないものじゃないか
  と思うようになってきた。想像力というと、なんとなく文学や芸術の世界のことのように
  思われてしまうのであるが、そうではなくて、想像力こそ科学の基本だなんて思うよう
  になっている。」(3) 
 と述べている。

◆引用文献
   (1)『仮説実験授業のABC』(板倉聖宣著・仮説社・1977,10初版刊)
   (2)『物理学入門』(板倉聖宣、江沢 洋著・国土社・1964,3刊)
   (3)『仮説実験授業研究』第1集 (仮説実験授業研究会編集・仮説社)  

   『もしも原子が見えたなら』の授業記録と感想文
       学校名        実施学年   授業者   実施年月
     1,箕面市箕面小学校      5年  浅葉 清  1982,10
     2.四條畷学園小学校    5年6年  西谷亀之  1973,1 
     3.寝屋川市立明徳小学校    6年  西村寿雄  1973,9
     4.東京都大原小学校      2年  伊藤 恵  1986,1 
     5,金沢市立材木町小学校    4年  野村泰裕  1986,7
     6.春日井市立白山小学校    4年  林 泰樹  1987,6
     7.広島市千田小学校      4年  細井久美子 1987,9
     8.愛知県幸田町立坂崎小学校  4年  伊藤善朗  1987,9
     9.東京都青梅市立今井小学校  2年  藤森行人  1987,9
     10. 昭島市立つつじが丘北小学校 1年  伊藤 恵  1988,9 ☆(1989,2), 
      11. 八王子市立山田小学校    5年  小林清一  1988,9
     12. 和歌山県美山村立川原河小  6年  友渕洋司  1990,3 
     13. 神戸市立小束山小学校    3年  貝野 章  1990,7
     14.     〃         5年  貝野 章  1991,9 
     15.     〃         6年  貝野 章  1992,4
     16.     〃         5年  貝野 章  1993,5 
     17. 寝屋川市立三井小学校    6年  坂野玲子  1994,5

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