第一章 ファジーな議会


一、招かれざる客
 市役所の本館四階に各会派の議員控室があります。
全部で10室。4人に一室の割合で会派別に配分されています。
 私の所属する会派は8人なので二室あります。
 一つは執務に使用し、もう一つの部屋は応接室です。
 私が議員になった頃は、机2つと応接セットしかなく、執務室とはほど遠く、まるで休憩室のような部屋
でした。
確かに、本会議や委員会出席のための控室かもしれませんが、議案の勉強をするにも部屋がありません。
 一人に一つの机ぐらいは必要だということになり、八人でお金を出し合って机や書架を購入しました。
控室は、八人の議員に、入れ替わり立ち代わり、市民の方が相談や要望に来られるので、いつも混雑して
います。
 その中でも、私の来客と電話が一番多いので、当番の先輩議員に気を使います。
事務員さんを採用する話も再々出ていますが、いつも立ち消えになります。
控室には要望や相談以外にも、いろんな訪問者があります。
 定期的に花を活けてくれる人、激励に来られる支持者の方、他の会派の議員、セールスの人などですが、
時には招かれざる客もあります。
 ある日、控室を留守にしたスキに、泥棒が訪問して、財布をお持ち帰りになったようですが、いくら、
よろず相談引き受け業の議員としても、こんな訪問者はあまり歓迎したくないものです。

二、初めての本会議
 昭和62年5月14日は、当選して初めての本会議。
 午前10時開会。それまで議員はそれぞれの議員控室で待機していて、ちょうど10時になりますと、
廊下から「チリン、チリン」という鐘の音が聞こえて来ます。
 昔、アイスクリーム屋さんが使っていたような鐘を、議会事務局の職員が鳴らして歩くのです。
 なんとも、時代がかった開会の合図ですが、調べてみると、枚方市議会会議規則9条5に、「会議の開始は
振鈴で報ずる」とあるのです。
 この他にも、議会関係ではちょっと妙だなと思うことがたくさんあります。
 例えば、本会議場は図のように、演壇に向かって左側に市長や助役、理事、各部長が並び、右側には
教育長や教育委員会関係者、水道局や市民病院などの企業関係の部長が座っています。
これが俗に言う「ヒナ壇」です。
 中央には議長、その右隣が議会事務局長で、別室では課長級の人たちがモニターで聞いており、答弁に
支障がないように待機しています。
 手前側に、36人の議員席が扇形に、その後ろに27の傍聴席があります。
 議長から、『〇〇〇○君の質問を許します。〇〇く〜ん』と呼ばれて、演壇へ登ります。
 いよいよ、質問しようと顔をあげたら、全議員の顔がド〜ンと飛び込んで来て、甚だ珍妙な思いが
するものです。
 本来、市長はじめ役所の理事者へ質問しているのですから、むしろ、市長側に向かって質問する方が、
相手の反応もわかりやすく、追及にもカが入ると思うのですが、皆様はどう思われますか?

三、初めての一般質問
 昭和62年6月17日は、初めての一般質問の日でした。
 市会議員になって、まだ1ヶ月あまりの新米議員には、議会のしきたりも、議会用語もとんと理解できず、
右往左往するばかりでした。
 それで一般質問をやろうというのですから、同僚議員をはじめ、役所の人たちも、どんな質問をするのかと、
興味津々だったようです。
 私は、高齢者看護制度の充実や、私学の就学援助金の支給、地元・楠葉地域の交通問題など、六項目の
質問を用意していました。
 一回目の質問は無事終わりましたが、二回目の質問は一回目の答弁を聞いてからしなければ
なりません。
 答弁を必死に聞いてメモするのですが、なにしろ、名にし負う、言語明瞭・意味不明の代表といわれる、
議会言葉のオンパレードで、何を言っているのかチンプンカンプンでした。
 良くわからないまま、二回目の質問のため演壇に向かう途中で、次の質問をまとめるという、綱渡りの
ようなことをやりました。
事前に当局と充分に意見交換しておけば良かったのでしょうが、馴れ合いの質問はしたくありません。
 役所の人は、質問されたくない、させたくない、やめさせたいが本音でしょうが、良く答弁で聞かれる
言葉に、『他市の状況を見て』というのがあります。
『よその市がやっていたら、当市も検討しましょう』という、横並びの発想ですが、『他市がやらねば
何もしない』ではなく、『他市にさきがけて』のチャレンジ精神でのぞんでほしいものです。

四、ファジーな議会言葉
 昭和63年3月25日の、予算特別委員会の総括質疑での話です。
 保守系議員 「学校で日の丸を掲揚すべきだ」
 革新系議員 「市庁舎で日の丸を掲揚すべきではない」
 それぞれ、市長に詰め寄りました。
 全く正反対の意見だから、市長がどのように答弁するか、私は大変興味をもって聞いていました。
 保守系議員への市長の答弁 「国論が二分している状況では、自発的に国旗を揚げられることに
ついては、これはそれなりに結構だと考える」
 革新系議員への市長の答弁 「(市庁舎に)まあ習慣のような形で揚がっている」
 なるほど、質問者に配慮した答弁ですが、比べてみると、市長の真意はどこにあるのか良くわかりません。
 このように、議会答弁では意味がどうも良くわからない、あいまい(ファジー)な言葉がたくさん使われて
います。
 傑作な言葉を紹介しますので、みんなで楽しんでみてください。

■冒頭に使う言棄
  ・ご質問のご趣旨はごもっともで
・大変貴重なご意見をいただき
・誠に傾聴に値するご高説を賜り
・本当仁含蓄のあるご高説を賜り
これは、議員の質問・意見を最大限尊重しているように聞こえますが、和歌の枕詞と同じで、
何の意味ももたない儀礼上の言葉です。

■結論に使う言葉
 
対応します ●相手の出方や状況に応じて行動すること。
しかし、相手の出方がはっきりしないと、質問趣旨の通りするかどうかわかりません。
検討します ●詳しく調べて、当否を考えてみること。
しかし、当否を考えた後でなければ、質問趣旨の通りするかどうかわかりません。
即応します ●事の成り行きに対して、直ちに行動すること。
しかし、事の成り行きがはっきりしないと、質問趣旨の通りするかどうかわかり
ません。
努力します ●実現をめざして、怠けたりせずに、努め励むこと。
しかし、努め励むだけで、質問趣旨の通りなるかどうかわかりません。
善処します ●事に応じて、適切に処置すること。
しかし、事に応じてだから、質問趣旨の通りするかどうか、保証の限りでは
ありません。
このように、どこから責任を追及されても、上手に言い逃れできるようになっている、これらのファジーな
言葉づかいの技術は、もはや、「芸術」と言えるのではないでしょうか。

■大阪版「役人語録」
 
建 前 本 音
前向きに検討します どうにもならんということですわ
善処します 事情だけは調べまっさ
可及的速やかに 遅いぞと言われん程度に
今後とも諸般の事情を考え そのうちに忘れるやろ
他市の実情も考慮し よそもしてへんからうちもでけへん
市民の多様なニーズに応え 全部の言うことなんか聞いてられへん
議員の貴重なご意見を賜り 言うだけやったら誰でもするで
(注)枚方に限ったことではありません。年の為。
 

五、世界に誇る?役所の組織
 私の地元には、市役所の北部支所があり、転出入届けや印鑑登録などは、本庁まで行かずに
すますことができます。
 ところが、支所では、市民税を収めることはできても、所得証明書などは発行してくれませんので、
わざわざ、本庁まで出向かねばなりません。
 市民へのサービスを考えれば、当然、支所でも発行すべきだと思って、そのことを支所長に申し入れると、
『税については、総務部の管轄なので、何とも言えない』という話です。
 確かに、市民税や資産税などは総務部の管轄になりますので、それではと、市民税課に行くと、「支所は、
市民部の管轄になるので行けない」という返事になり、またまた、支所に逆戻りです。
これが、わが国の役所の専売特許である、有名な『たらい回し』の一席です。
 一つの部署を押すと、「隣の部署です」
 それを押すと、「違う部署です」
 まるで、もぐらたたきみたいで、いつまでたっても、責任部署らしきところには、なかなか行けません。
 日本の役所というところは、だいたいが、一つの部署ですべてを処理できるようなシステムにはなって
おりません。
 車のショックアブソーバーと同じで、圧力がかかると、必ず、分散するようになっていて、ある面から見ると、
これほど責任を分担させた制度は、世界でも珍しいのではないでしょうか。
 まさに、日本の官僚制度の知恵の産物と言えそうですね。

六、役所と情報化
 情報化時代と言われて久しくなりますが、1988年のデーターによりますと、企業や商店のOA機器
保有率は、ファクシミリが59.2%、複写機が58.1%、ワープロが19.5%で、なかでも、ファクシミリは
普及率が毎年10ポイントも上昇し、通信媒体として、各家庭にも目覚ましい勢いで広まっています。
 私も、自宅にファクシミリを置いていますが、全国の行政からの資科請求をはじめ、市民相談や要望まで、
縦横無尽に活躍しています。
 こんなご時世に、議会事務局には咋年まで、ファクシミリがありませんでした。
 強く要望して、やっと設置したのは良かったのですが、驚いたことに、役所の業務時間に合わせて、
午後五時になると電源を切って、翌朝九時につけるのです。
 24時間いつでも情報通信できるのが、ファクシミリのメリットなのに、これでは何のための設備なのか
わかりません。
説明して、ようやく、電源を切らないようにしてもらいましたが、本当に、役所の考え方には首をかしげて
しまうことがたびだびです。
 このように、役所には、形式にとらわれた封建的な面が残っていて、権威だけが幅をきかせて、社会の
実情と合わない場合があります。
 そういう私にしても、議会活動だけの感覚で満足していたら、実社会の進歩に気づかずに、取り残されて
しまう可能性がおおありです。
 時代オンチの政治家に、社会の改革などできるはずもありませんので、いろんな分野の人たちと接して、
時代の求めているものは 何なのかを探るために、絶えず、アンテナを磨いていくつもりです。

七、市民休暇村騒動
 平成2年度の予算書に、市民休暇村助成金として、377万2000円也が計上されているのが目に
とまりました。
 市民休暇村事業とは、市政35周年記念事業として、市民の健康増進と余暇の有効利用をはかろうと
いう目的から、保養地に市民休暇村を建設しようという計画で、10年前から検討されていたことです。
 40周年を迎えた今も、用地確保ができず、暗礁に乗り上げていた事業でした。
 ところが、市が姉妹都市契約を結んでいる北海道別海町、高知県中村市、香川県塩江町方面に、市民が
旅行する場合、大人2000円、子供1000円を補助しようとする制度を、突然、『市民休暇村事業』として
提案してきたのです。
 回数にも人数にも制限がなく、民宿や旅館を市が斡旋するというものです。
 これでは、税金を使って、行政が旅行業者の肩代わりをするようなもので、あいた口があいたままでした。
これは法に触れるはずだと思い、地方自治法を調べてみますと、232条2に『普通地方公共団体は、その
公益上、必要がある場合においては、寄付または補助することができる」とありました。
 この場合、公益とは市が公用で出張を命令することで、市民が私的な旅行をするのは公益とは
言いがたく、むしろ、私益になります。
 今年3月の本会議において論議したところ、実施はとうとう見送られました。
 このことは3月15日付けの毎日、サンケイ、朝日の各新聞に、それぞれ、四段見出しで掲載されたことから
みても、私の主張は正しかったと信じています。

八、消えた代表質問
 年4回開かれる本会議のうち、3月の本会議では、市長の新年度の施政方針演説をうけて、各会派の
代表質問が行われますが、私たちの会派では、今年は一年生議員の私がすることになりました。
 美しい街づくりの切り札として提唱し続けてきた、都市美観条例・都市景観条例の創設について質問
したのですが、なかなか良い返事が返ってきません。
 業を煮やして、二回目の質問のとき、例えとして、二つの私鉄の経営方針の違いの話をしました。
 「A電鉄は、真っすぐに線路を敷設して、たんぼの真ん中に駅を作りました。
客が少ないので、駅周辺の開発や住宅地分譲などで客の確保に務めたのです。
 それとは反対に、B電鉄は客の住んでいる村落に線路を敷いたので、客の確保はできたものの、線路が
曲がりくねっているので乗り心地が悪い。
 また、駅前の再開発をしたくても、村落に乗り入れているので思うに任せない。
 市長の発想も、このB電鉄のようなものだ」という内容でした。
 この話はおおいに受けて、モニターを聞いていた幹部職員の間でも、爆笑の渦だったそうですが、ここに
予期せぬ落とし穴があったそうです。
 それは、勢い余って、質問中に電鉄会社を実名で出したというミスです。
 議会発言では、特定の名前を出してはならず、私の主張には特に影響がないので取り消すことに
しましたが、そのせいで、平成2年第一回定例会会議録の、396ぺージから397ぺージにかけて、
495字が○○○○○になっています。
 原本には載っていますが非公開です。

九、議員はセンセイか?
 議員になって間もない頃、私はわからないことだらけなので、市役所の職員からヒヤリングを受けることが
頻繁にありました。
そのとき驚いたことに、こちらが教えてもらっているのにもかかわらず、職員が私に対して、『先生、先生』と
敬称を使うのです。
 『先生』と言えば、学校の先生かお医者さんぐらいと思っていた民間会社育ちの私は、急に『先生』と
呼ばれてもピンと来ず、戸惑うばかりでした。
 『先生』を辞書でみると、敬称であると同時に、『バカにした気持ちを含めて言う言葉』とあります。
 一般の会社組織では、平社員から一所懸命努力して、主任、係長、課長、部長と昇進して、周囲も、
その人の努力と実力を尊敬して 敬称で呼ぶのです。
 何の実績も出していない、新人議員の私に対して、『先生』と呼ぶのは、尊敬よりもヨイショの気持ちが
あったのでしょう。
 それを、「先生」と言われて、自分は偉い、実力があると錯覚すると、『裸の王様』ならぬ、「裸の議員」と
笑われてとんでもない目にあいます。
 『先生』という言葉は、役所の人にとっては、議員に厄介なことを頼んだり、おだてたりするときには、とても
便利でしょうが、面白いことに、本会議や委員会などの会式の場では「先生」と呼ばずに、「○○議員」と
いうように、ちゃんと使い分けしています。
 「先生と呼ばれるほどにバカでなし」という言葉がありますが、「○○先生」をやめて、「○○さん」または
「○○議員」で、よいのではないでしょうか。


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